第28話 魔道具 VS 魔器

 ダルクとスペクターの戦いは、実験室から屋外へと場所を移していた。


 《対魔法領域アンチマジックフィールド》を維持する人員や触媒に流れ弾が飛ぶことをスペクターが嫌った結果であり──それを、ダルクが止められなかった結果でもある。


「くっ……!!」


 派手な爆発に吹き飛ばされ、ダルクは校舎正面の運動場を転がっていく。


 見晴らしが良く、障害物も人気もないこの場所では、魔力が大気中に溜まりにくい。すなわち、魔道具の力を活かしにくい環境だ。


 不利な戦況に追い込まれている現状に、ダルクは舌打ちを漏らした。


「ふふ、どうしたのですか? 反撃してこないのですか?」


 そんなダルクを煽るように、スペクターはゆったりとした口調で語りかける。


 それには答えず、ダルクは杖を振るう。


「《炎球ファイアボール》!!」


 小さな炎の塊がスペクターへ迫り、その足元で爆発する。


 巻き上がる砂埃によって、閉ざされる視界。

 それに紛れるような形で、ダルクはスペクターの懐に飛び込んだ。


「はあぁ!!」


 鋭い呼気と共に、蹴りを放つ。

 《強化ブースト》の魔法によって威力が引き上げられた体術は、本気を出せば岩をも砕く。


 しかし、それをスペクターは易々と杖で受け止めた。


「甘いですよ」


「っ!?」


 蹴りの勢いを利用し、ダルクの体勢を崩したかと思えば、流れるように杖の先端で突きを放つ。


 腹部を強かに打ち据えられたダルクは、派手に吹っ飛び──追撃をかけるように、杖をくるりと回したスペクターが魔法を放った。


「《炎弾雨フレアレイン》」


 紅蓮の炎が雨霰と降り注ぎ、ダルクを襲う。


 多数の爆炎が周囲を包み……中から、腹を押さえたダルクが立ち上がった。


「はあ、はあ、はあ……」


「《対炎結界アンチフレアフィールド》ですか。炎系の魔法に対して絶対の防御力を誇るその魔法を、その歳で完璧に制御し使いこなしているというのは素晴らしい。ですが……それだけではね」


 くつくつと、スペクターは嗤う。


「分かっていますよ。あなたは、魔道具をもってしてもなお、攻撃魔法が満足に使えないのでしょう?」


「…………」


 ダルクは、何も答えない。

 しかし、その沈黙が何よりも、スペクターの考察が正しいと認めていた。


 そう、ダルクは自身に魔力がないが故に、大気中に漂う自然の魔力や他者の魔力を操ることができるが……干渉できる範囲は、非常に狭い。


 故に、魔法を使う時は常に周囲の魔力を集める魔道具が手放せず、“投射”を基本とする攻撃魔法はそのほとんどが使えなかった。


「《飛行フライ》や《強化ブースト》を駆使して肉弾戦に持ち込むのは、そうする以外に有効な攻撃手段がないからでしょう。しかし、残念でしたね。魔法の力に胡座をかいているだけの貴族ならともかく、私は体術もしっかりと修めています。更に……」


 スペクターが杖を掲げると、空中に炎の塊が出現する。


 それを容赦なく放ちながら、彼は告げた。


「あなたの“魔道具”と違い、“魔器”にはそのような制約はない。使用出来る魔法の数も、威力も、そして体術でさえ私の方が上……もはや、勝ち目などありませんよ」


 そこからは、ほとんど一方的な蹂躙だった。


 スペクターの放つ魔法に、ダルクは防戦一方。時折反撃に出るものの、接近したところで格闘戦ですら有利とは言いづらく、決め手に欠ける。


 幸いなのは、テロリスト達も数がそれほど多くない上に、途中でダルクが何人も打ち倒していたために援軍はなく、数の上では対等なままだったということか。


 それでも、さほど遠くないうちに押し切れる──スペクターはそう考えていたが、次第に焦りが見え始めた。


「しつこいですね……ここまでやられて、なぜまだ諦めないのです!?」


「諦める理由がないからだな」


 スペクターはほぼ無傷だが、ダルクは既にボロボロだ。

 しかし、その瞳には微塵も諦めの色がなく、ただ真っ直ぐにスペクターを見据えている。


 ただ純粋に、スペクターの全てを暴き出さんとする、研究者の眼差し。


 ある種狂気的でさえあるその瞳に突き動かされるように、スペクターは杖を掲げた。


「この……いい加減、沈みなさい!!」


 放たれたのは、上級攻撃魔法雷炎穿突《ライトニングパイル》。ダルクお得意の上級結界魔法すら突き破る、対個人としては最高レベルの魔法だ。


 負傷して弱ったダルクには避けることも出来ず、防御の手段もない。


 確実にったと──そうスペクターが確信した瞬間、彼を横殴りの衝撃が襲う。


「なっ……!?」


 スペクターほどの手練れが、魔器というアイテムを使用してさえ極度の集中を要する強力な魔法。

 その発動の瞬間を狙い済まして差し込まれたのは、ダルクの救援に駆け付けたアリアだった。


 手にした杖から放たれたのは、ごく初歩的な攻撃魔法。小さな石の礫を飛ばす《石礫ストーンバレット》だ。


 しかし、ダルク以外の脅威は存在しないと考えていたスペクターは、その一撃をまともに浴び、魔法の照準がズレる。


 《雷炎穿突ライトニングパイル》が何もない虚空を貫くのを横目に、ダルクはすぐさまスペクターの懐に飛び込んだ。


「貰ったぁ!!」


「ぐはっ!?」


 渾身の拳がスペクターの腹に決まり、パキンッ、と硬質な音が響く。


 そのまま、大きく吹き飛んでいったスペクターを見ながら……ダルクは、その場に膝を突いた。


「ダルク! 大丈夫……!?」


「アリア……来ちゃったのか」


「ごめん……でも、ダルクが戦ってるのに、私一人だけじっとしてられなくて……」


「……そうか、ありがとな、アリア。お陰で助かったよ」


「……ん」


 駆け寄ってきたアリアに支えられながら、ダルクが体を起こす。


 それとほぼ同時に、スペクターもまた起き上がっていた。


「ふふふ……今の一撃は、なかなか効きました。ですが、私を倒すにはまだ足りませんね」


 杖を構え、ダルクへと突きつける。

 その言葉通り、全くの無傷ということはないはずだが、傍目には大したダメージが入っているようには見えない。


「二人纏めて、ここで葬って差し上げましょう……!」


 怒りの感情を滾らせ、宣言するスペクター。

 そんな彼からダルクを守るように、アリアが前に出ようとするが……そんな少女を止めたのは、他ならぬダルクだった。


「止せ、アリア」


「ダルクはやらせない、私が守る……!」


「そうじゃなくて……もう、俺達の勝ちだよ」


「……え?」


 どういう意味だ、と問おうとしたアリアの前で、異変が起きる。


 突然、スペクターが口から血を吐きながら崩れ落ちたのだ。


「ぐふっ!? くっ、これは、まさか……!」


「ずっと、疑問だったんだ。いくら他人から魔力を奪ったにせよ、それを利用するのは普通の人間じゃ不可能だ。例外は、俺みたいに魔力を持たない人間だけ……だから、あんたらは魔器を使う時、自分自身の魔力を代償魔法でわざとゼロにした。そうだろ?」


 スペクターが服を捲り上げると、そこには砕けた水晶があった。


 他者の魔力を奪い、自身の魔力を同じ要領で抜き取ることで丸ごと入れ換える。それこそが、“魔器”の仕組みだったのだ。


「触媒が砕ければ、復活したあんた自身の魔力が奪った魔力と反発して、体を内側から破壊する。死にはしないだろうけど、もう戦えないだろ」


「……一方的にやられているように見せて、魔器の解析と……欠点の分析を並行していたわけですか。ふふ……どうやら、私はあなたを過小評価していたらしい……」


 魔器を手放し、それでもなお抜けきらない他者の魔力に蝕まれ、スペクターは倒れ伏す。


「それでも……我々の作戦は、まだ終わっていない……後は、頼みましたよ……コーネリア……」


 その言葉を最後に、スペクターは意識を手放すのだった。

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