第29話 テロの目的
「よし……これで、片付いたな」
スペクターの撃破に成功したダルクは、実験室に戻ってテロリスト達を制圧、魔法を解除させた。
これで、問題なく魔法が使えるようになるはずだと、ホッと胸を撫で下ろす。
「っと……」
「ダルク、大丈夫……?」
フラついた体を、アリアが支える。
心配そうな少女に、ダルクは「大丈夫」と返した。
「それに、まだ終わってないらしいしな。こんなところで休んでられないよ」
スペクターが負けた時点で、《
にも関わらず、彼はコーネリアに後を託すようなことを呟いていた。それが、どうにも引っ掛かる。
「ひとまず、捕まった学園長達がどうなってるか確認して、大丈夫そうなら後は託すさ。もうひと踏ん張りだ」
「でも……」
もうひと踏ん張りと言うが、ダルクはスペクターとの戦いで傷付き、魔晶石もそのほとんどを使い切っている。
焦ったアリアは、そこでふとスフィアから渡されたものを思い出す。
「ダルク、これ……使える?」
「ん……? これは……」
アリアから手渡されたのは、テロリスト達が魔器の素材として利用している、代償魔法の触媒──《ルシフェール》と《レヴィアタン》だった。
「スフィアが、コーネリアから盗んだんだって。ダルクに渡して欲しい、って」
「そうか、スフィアが……ありがたく使わせて貰うよ」
《ルシフェール》はともかく、《レヴィアタン》には既に魔力が込められている。
……全て終わったら返す、と名も知れぬ被害者に断りを入れ、ダルクは水晶の魔力を抜き出し、魔法を使った。
「ふぅ……」
発動したのは、鎮痛と体力回復の魔法だ。
気休めのようなものだが、これで問題なく動けるとダルクは立ち上がる。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「待って、ダルク。それ、また私を置いていこうとしてない……?」
アリアが服を掴んで引き留めると、ダルクはイエスともノーとも答えず曖昧な笑みを浮かべる。
そんな彼に、アリアは不満も露わに顔を寄せた。
「ダルクが行くなら、私も行く。連れていって」
「いや、そうは言うけど、危ないぞ……?」
「それくらい知ってる。それでも、私はダルクの力になりたい……最後まで、ダルクと一緒がいいの」
「アリア……」
いつになく、真っ直ぐと自らの想いを吐露するアリアに、ダルクは心を打たれる。
とても止められそうにないと、そう判断した彼は、仕方ないなと肩を竦めた。
「分かったよ。正直、ここから先は一人じゃ厳しいと思ってたとこだし……力を貸してくれるか? アリア」
「ん……!」
嬉しそうに、それでいて気合いを入れるように大きく頷いたアリアと共に、ダルクは校舎内を進んでいく。
事件が起こった当初、学園長や主だった貴族家の当主達が集まっていた会議室。その扉を開け放つと──
「なっ……!?」
「お母、様……!?」
そこに広がっていたのは、死屍累々という言葉が相応しい光景だった。
学園長や当主、更にその護衛となっていた魔導士。その全てが力なく床に倒れ伏し、ピクリとも動かない。
死んではいない。だが、とても無事とは言い難い彼らの中には、ダルクの父やアリアの母の姿もある。
そして、そんな彼らの中心で──コーネリアは、周囲に無数の水晶玉を浮かべながら嗤っていた。
「あら、遅かったわね」
ダルク達の来訪に驚くでもなく、どこか嬉しそうに告げる。
そんな彼女の前に、ダルクは一歩踏み出した。
「コーネリア先生……《
無駄と知りつつ、まずは交渉から入るダルク。
それに対するコーネリアの返答は、やはり想像通りのものだった。
「お断りよ。そもそも、ここに来た目的も概ね達成出来たしね」
「……何が狙いなんですか。こんなことをして、王宮も黙っていませんよ」
コーネリアは、学園の専属医師という肩書きで以て罠を仕掛け、奇襲によって見事優秀な魔導士が集まるこの場所を制圧してみせた。
だが、それだけだ。時期に正規の魔導士団がやって来るし、指名手配されれば逃げ切ることなど不可能だ。
そうまでして、何がしたかったのかと問うダルクに、コーネリアは簡潔に答えた。
「混乱よ。この王都を、国を、魔法を礼賛するこの社会そのものを破壊するような大混乱……それを引き起こすことが、私の望み」
「はあ……!?」
魔法学園の占拠どころではない、更に大きなテロを目論んでいると聞かされ、ダルクは絶句する。
そんな彼の反応に気を良くしたのか、コーネリアは更に語り続けた。
「私の開発した“魔器”があれば、あなたの魔道具のように細かなチューニングや訓練を経ることなく、一般市民がいきなり魔導士クラスの魔法を使うことが出来るわ。この学園の生徒や、そこに寝ている当主達から集めた魔力で魔器を量産し、町中にばら蒔くの。そうすれば……後は私達が何もしなくとも、日々の暮らしに不満を抱えた“善良な”市民達が、勝手に暴動を起こすでしょう」
「っ……!!」
そんな暴動が起きるはずがないとは、ダルクには言い切れなかった。
事実、町中で見かけた魔器を持つ青年は、何の躊躇もなくその力で貴族を焼き殺そうとしていたのだから。
恐らくは──その力が人を容易く殺すほどのものだと、自覚すらないままに。
「そんなことして、何の意味がある!? 結局は鎮圧されて終わりだぞ!! その間に、どれだけの被害が出るか……!!」
「被害は当然出るでしょうね。でも、その過程で人々は気付くでしょう。貴族達が、平民をまともな人間として見てないって事実をね」
「あんたは……平民と貴族の分断を煽るのが目的だっていうのか……!!」
魔器を持って暴れる民衆を制圧しようと思えば、魔導士達も本気を出さざるを得ない。それこそ、殺すことすら厭わずに。
そうして積み上がった屍から生まれる、更なる憎悪。それが新たな混乱を呼ぶ火種となり、やがて王国社会を崩壊させる切っ掛けとなる。
それこそが、コーネリアの掲げる目的だったのだ。
「分断を煽る? いいえ、違うわね。この国は、とっくに後戻り出来ないほどに深い分断が生まれている。強力な魔法が使えるか使えないか、たったそれだけのことで貴族達は特権階級に居座り、我が物顔で平民を食い物にする。それを終わらせるためには、多少の出血はやむを得ないのよ」
「ふざけんな!! 今の世の中が正しいなんて俺も思わない、けど……だからって、今を生きてる人達が、あんたの犠牲になっていい理由にはならないんだよ!!」
ダルクとて、魔法の優劣で全てが決まる現状を変えたいと願っている。だからこそ、魔道具を完成させるためにここに来た。
だからこそ……余計に、コーネリアのやり方を認めるわけには行かなかった。
「ふふっ……あなたを見ていると、昔の自分を思い出すはね。青臭くて、夢見がちで……何より、世界を知らない」
コーネリアの目が鋭く細められ、周囲を漂う水晶達が一子乱れぬ動きで魔法陣を構築する。
彼女の放つ魔力に反応し、膨大な魔力を滾らせていくその光景を前に、ダルクの額には冷や汗が伝う。
「悪いけど、あなたの理想論に付き合っている暇はないの。魔導士達が押し寄せて来る前に、最後の仕事を終わらせるわ」
「最後……?」
「アリア・スパロー。あなたの魔力を貰うわ」
「えっ……」
突然自身に矛先が向いたことで、アリアが目を見開く。
そんな少女に目を向けて、コーネリアは告げた。
「個人の力では制御不可能なほどの、膨大な魔力……魔器に変えれば、魔導士団の部隊一つくらいは軽く吹き飛ばす切り札になり得る。悪いけれど、力付くで貰っていくわ」
「っ……アリア、伏せろ!!」
強大な魔法が、ダルクとアリアへ向けて解き放たれたのを合図に──最後の戦いが、幕を開けた。
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