第二十二話 襲撃

「昨日のは、忘れて。ほんと、いつもはあんなんじゃないから」


 翌朝、目を覚ますと顔を赤くしたカイヤが部屋を訪ねてきた。

 昨日は酔っぱらって動くことを放棄したカイヤを、バラハと二人で担いで船に戻ってきた。その後バラハは「たまに飲んでやってくれ」と言い残し、夜の街へと消えていった。

 カイヤ曰く、昨日は調子に乗って飲み過ぎた。普段はあんなことにはならない、らしい。


「う~、なんであんな……」


 顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。


「まあ、たまにはいいじゃないですか。ハンターにも息抜きは大事でしょう?」


 昨日バラハが言っていたこともある。見かけによらず、気を詰めすぎていたのかもしれない。それが酒で抜けるのならいいことだろう。にしても吐くまでは飲み過ぎだが。

 ラインが言うと、カイヤは同調した。


「そう、たまにはいいよね。でも、あれはほんとのほんとにの、だから」


 そう言うと「じゃ」と部屋を後にしようとする。

 ラインは呼び止めた。


「今日は狩りですか?」


 昨日とは違い、カイヤは防具に身を包んでいる。


「そう。狩りっていうか、まあ普通にハンター業だけど。動いとかなきゃ鈍っちゃうしね」


 そういうものか。ラインは納得する。


「バラハと行く予定なんだけど……戻ってくるのかな?」


 颯爽と夜の街へ消えていったバラハの背を思い出す。

 もしかしたら戻ってこないかも。ラインは口に出せなかった。

 代わりに「そういえば」と話を変える。


「昨日言った話、考えてくれました?」

「話?」


 やらかしたことは覚えているらしいが、こういうことは忘れてしまっているのか。こちらとしては結構重要なことだったのだが。


竜堕つ剛剣ドラゴトランで雇ってくれないか、という話です」

「あ、あぁ~……」


 カイヤは少し困ったような顔をする。

 流石にパーティーに入れてくれなどとは頼めないし頼まない。対モンスターの知識も経験もない、ハンターですらない者など入れたくはないだろう。だからラインは荷物持ちとしての雇用を申し出た。

 昨日、バラハが言っていた。「竜堕つ剛剣ドラゴトランも少しは名を上げた。ギルドからも組合からも期待される成果は上がってくる。仲間を一人増やすか、荷物持ちくらい雇ってはどうか」という趣旨の話。

 ラインはこれだと、食らいついたわけだ。

 ハンターになるつもりはない。ハンター組合は国家の枠を超えた組織、アバノ商会に知られる可能性がある。一気に名を上げれば別であろうが、駆け出しのハンターと法的に正しい商会、勝負は目に見えている。

 だから荷物持ち。ついでに対人戦闘ではそこそこ使える。カイヤは知っている。バッブを倒したことを。昨日はバラハが居たためその話はしなかったが。

 荷物持ちの提案すると、バラハには話半分に笑われ、カイヤには考えとくの一言で済まされた。


「あれ、本気なんだ」


 かなり真剣に打診したつもりなのだが、まさか本気と思われてなかったとは。まあ、酒も入っていたし、仕方ない。


「ええ」


 本気だということが伝わるよう、眼を見て、力強く返事をする。


「ちょっと、私一人では決めれないから……」


 それもそうか。


「分かりました」


 ラインは頷く。


「おーい、ってここかよ」


 話が落ち着いたところで、バラハが通りかかる。結局戻ってきたようだ。


「二人して朝っぱらから何話してんだよ? なんだ? もしかして二人、間違いでも起っちまったか~?」


 すぐに否定すればいいのだが、なぜかカイヤは言いよどむ。恥ずかしさの顔の赤みも残っている。バラハが、「え、まじ?」と反応するのは仕方ないことだった。


「違う違う違う。えっと、あの、ラインが昨日言ってた荷物持ちの話」

「え、お前あれ本気だったのかよ」


 バラハにも驚かれる。やはり冗談だと思われてたのか。

 すぐさま否定の反応が返ってくるのかと思ったが、返ってきたのは意外な反応だった。


「……なら知識はあるのかよ? モンスターの」

「ある程度はありますが、あまり詳しくは」


 貴族時代に教えられた知識はあるが、それはあくまで教養としてだ。ハンターがどれくらいの専門知識を持っているのかは知らないが、ラインの中にあるのはそこまで専門的ではない。


「はあ? 荷物持ちになるってんならそれくらい持っとかねえと。本は……ハンターでもねえから借りれねえか。帰りに組合から借りてきてやる。あとは……これも貸してやるよ」


 投げ渡されたのは一冊の手記だ。かなり使い古されており、中は殴り書きのメモでびっしりと埋まっている。


「あ、ありがとうございます」


 思ってもみなかった反応で、ラインはあっけにとられる。


「なんだよ。俺らのところで雇うかは別として、荷物持ちするならそれくらい必要だろ? 別にやるって言ってねえからな? 必ず返せよ」

「それはもちろん」

「覚えたところで使えるかは全く別だけどな。知識がなきゃ始まんねえだろ。まあ頑張れよ。俺は案外お前のこと気に入ってんだぜ? 今度いい女の店教えてやるよ」


 そう言って立ち去るバラハ。


「ありがとうございます」


 ラインはその背に告げる。

 カイヤもバラハのあの反応は意外だったのか、少し固まっていた。だがすぐにはっとすると、バラハを追いかけて行く。


「じゃ、じゃあライン、頑張ってね」


 ラインは二人を、「お気をつけて」と見送るのだった。



 ♢



 それから半月はあっという間だった。

 ラインは本と手記を読み込んだり、街を散策したり、貰った金を少しばかり崩してカイヤらと飲んだり、カイヤらは外でモンスターを狩ったり、依頼をこなしたり、ラインと飲んだりして過ごしていた。

 船の修理は昨日、一昨日くらいに終わっている。しかし、船長の商談で少し待たされている状況だ。船長もバッブの襲撃で失った利益を、商談を取り付けることで何とかして取り戻すことに必死なようだ。


 ラインは今日も街を散策し、疲れて床に就く。

 今日は少し遠くの方まで見に行っていた。最近はモンスター関連の本で、手持ちの金で手に入れられそうなものを探しているのだが、これが中々見つからない。

 ラープはハンター業があまり発展しておらず、単純にモンスター関連の本があまりないことが理由の一つ目。そしてモンスター関連の本は基本的に高価であるというのが理由の二つ目。安い物も探せばあるが、そういうのはあまり信用がない。頼んで借りてきてもらった組合の本はすでに頭に入れ、返してきてもらった。手記はまだ読み込んでいる途中だ。

 手記のページを一つめくるたび、自分の考えがどれほど甘かったのかを突き付けられる。

 そこに記されていたのはモンスターの生態や弱点、地形、植物の種類からこういったことに使えそうなどのアイデアまで、血がにじむ紙に殴り書きされていた。

 情報はギルドや組合に売れるから、という理由もあるらしいが、決してそれだけではないだろう。


「俺はいつか必ず俺のギルドを作る」

「俺たちの! でしょ」


 手記に目を落とすたび、酒場で語り合っていた彼らの言葉がありありと蘇る。

 名もなく、ただの一介のハンターとして消えていくハンターがほとんどの中、どれほどの努力をすればこの歳で、都市を越えて名を知られるほどのハンターに――パーティーなれるのだろう。

 

 このままでは、冒険など夢のまた夢だ。

 感化されたラインは歯を食いしばる。

 何より足りていないのは経験。知識だけがあっても仕方がない。

 ラープここで足踏みしている暇はない。さっさと次の都市へ行きたいものだが。

 ラインはそんなことを思いながら目を閉じた。


 次に目を覚ましのは、カンカンカンと鳴り響く警報によってだった。


 奴隷時代に鍛えられた反応速度によって、ラインは一発目の音で目を覚ます。そして念のためのナイフだけを持つと、すぐに甲板へと出た。

 港にはすでに火が上がっている。


(早すぎる!)


 警報が聞こえてから火の手が上がるまで、いくら何でも早すぎるのではないか。警報を聞き逃していたという可能性もあるが、それを考慮しても、だ。

 湖の方へ目を向けると、何隻もの船がそこにはある。


「ラッガスだ! 持てる物を持ってさっさと逃げろ!」


 船上では船長が叫んでいた。

 ここにハンターはいない。流石に都市にいる間の護衛料も船長は払っていない、というよりも護衛など必要ないはずだった。

 もうすぐ都市を発つというのに、まさかこんなことになるとは。何と運の悪いことか。

 ラインは急いで部屋に戻り、金と手記を回収し、逃げる準備をする。


「ライン殿も! 早く!」


 甲板に戻ると、船長が偽名のことも忘れて叫んでいた。

 ラインはその声に従い走る。そして桟橋を渡り切ったところで、後方より大砲の発射音が聞こえる。飛来した球が目の前の倉庫に着弾した。

 そしてこれもまた、運が悪い。

 火薬でも詰めていたのか巨大な爆発が起き、その爆風によってラインは吹き飛ばされた。


「……くそっ」


 揺れる視界では、ラインと共に逃げていた船員たちが倒れ、叫び、無事な者は救助をしていた。

 ラインも急いで身を起こすと救助に加わる。瓦礫を起こし、人に移った火を叩いて消し、歩けぬ者には肩を貸す。

 そうしている内に船長と残りの船員が合流し、救助は終わる。

 だが、倒壊した倉庫の所為で街への最短距離は塞がれてしまった。回るしかないのだが、火が出ている倉庫の近くは通れない。また爆発に巻き込まれる可能性がある。仕方がないことなのだが、街との距離は大きく離れてしまった。

 ラインは肩を貸していた怪我人を、後から来た二人組の船員に預け、前の集団に続く。

 その集団の先頭から悲鳴と血が上がったのは、わずか数十秒後のことだった。

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アティラス 西式ロア @nisisiki_roa

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