第六話 仕事
契約が成立した日から三日が経った。
ロウから具体的な計画は聞かされたが、その計画にはいくつかの穴があった。今はその穴をラインが塞ぐ形で計画の修正を行っている。
二人は今日も部門長室にて話し合っていた。
「なあ、組合員の買収は本当に必要なのか?」
「はい、必ず」
「理由はわかるけどよ。魔術組合の組合員を買収するにはいくら必要かわかってんのか? それだけでお前が奴隷から解放されるのも一年は伸びるぞ?」
「それでもです。失敗するくらいなら、多少値は張っても安全を取るべきでしょう」
「まあそれはそうだけどよ……」
「それに、そこまで値はかかるとも思っていません」
「は? それはどういうことだ?」
「末端に一度、少量の金を握らせばいいだけです。それだけでこちらは継続的にその人を使える。その人には何も見ていなかった、知らなかったと言ってもらえばいいだけです」
「裏切ったらどうする? 脅して来たらどうする?」
「金を受け取った事実さえあれば何とでもなれます。脅すのはあくまでこちら側です」
「だからなぜそう言い切れるんだ? 裏切らない、脅してなどこないと」
「彼らの多くは、家を継ぐことができなかった貴族の三男四男で、学園に通って勤勉に、真面目に学び、働いてきた人たちです。彼らは外の世界を知らないんですよ」
「それがどう関係ある?」
「金を受け取った事実があれば、たとえそのあと正義の心にでも目覚めて報告したとしても、彼らも傷を負い、職は失うでしょう。突然何もかも失い、全く未知の世界に放り出されるんです。勤勉に与えられたことにさえ従っていればよかった彼らが、その恐怖に打ち勝つことなんてできませんよ」
「じゃあ、その勤勉な奴らをどうやって丸め込み、金を渡す?」
「それはそちらに任せます。まあ、あまり悪意を受けて育ってこなかった彼らに金を掴ませるなんて簡単だと思いますが」
「わかった。じゃああとは報告書と会計書の偽装だが、それはお前がやってくれ。得意なんだろ?」
「知っていたんですか?」
「言っただろ? 俺はどういう経緯でお前がここに来たのか知っているって」
「なるほど。わかりました。もちろん主人にも提供していない偽装方法も持っているのでそちらで対処しておきます」
「任せた」
そして二人は自身の仕事へと戻っていく。表と裏の仕事へと。
それからもいつも通り仕事をしながら、空いた時間にロウとの打ち合わせを行い計画をより綿密なものにしていく。
度々部門長室に出入りしていることに対して同僚たちに突っ込まれたりもしたが、臨時報酬の交渉やら他部門への移籍の可能性があるやらと話して誤魔化した。
そして一カ月が経ち、ついにこの時が来た。
「おい、ライン!」
ロウの声が仕事場に響く。
「さっき言った書類は?」
「できました」
「じゃあ今手持ちの仕事はなしだな。ちょっと行くぞ」
「はい」
努めて冷静にいつも通りを装い返事をする。
枷を隠すズボンに履き替え、外套を引っかけると、今日もまたロウの後に続いて出ていった。
外は暖かさを取り戻し始め、活気も戻ってきいる。人の数も初めて魔術組合に行った一ヶ月前とは比べ物にならないくらい多い。
王国商人の締め出しが終わり、彼らが戻り始めているからだろう。王国の商品を買おうと、大通りには人だかりができていた。
ラインはもっと早くに王国商人らが戻ってくることを予想していたが、どこかの誰かのくだらないプライドが邪魔でもしたのだろう。
「賑やかですね」
「ああ、そうだな」
大通りの一つ横の通りを歩きながら話す。
「俺らにとっては都合がいい」
「そうですね」
ラインは頷く。
王国商人が戻ってきたことにより、魔術書の取引も増える。魔術関連の取引は魔術組合を通さなければならないのはどこの国の商人でも変わらない。魔術組合は急増した取引に手を焼いているだろう。たった一つの取引に、そこまで注目できないほどに。
それからはあまり余計な会話はせず、黙々と歩いた。組合までの道のりは前と同じはずなのだが、かかった時間はとても短いような気がした。
荘厳な入り口を通り、ラインとロウは足を踏み入れる。予想通り中は混みあっていた。時間指定のはずなのにこの混み具合。組合もこれほどの混雑は予想はしてなかったようで、職員が忙しく走り回っている。
時間ちょうどに来たラインとロウも少し待たされた。
「大変長らくお待たせいたしました。こちらへどうぞ」
担当の者が近づいてくる。
こいつか。
ラインは心の中で呟いた。
ロウからの話には聞いていたが、実際に会うのは初めてだ。
額には汗が浮かび、指先はほんの少し震えている。彼も緊張しているようだ。
通された部屋には前と同じく机があり、その上に本の入った箱が置かれている。
「こちらです」
「ああ、ご苦労。成功したら追加の報酬はたっぷりと、な」
ロウが職員の肩を掴んで耳元でささやく。
扉は締め切っており、壁も厚い。声が漏れることはない。
「ほ、本当に大丈夫なんですよね?」
職員の声は震えている。
「大丈夫だって。言ったろ? ほれ、前もやったが、取り敢えずの小遣いだ」
そう言ってロウは職員に金を掴ませる。
そのやり取りが行われている裏で、ラインは魔術書の一つを持ち上げ、ページをパラパラとめくっていた。
「おいおい、ライン、魔術書なんて読んでも分からないだろ」
「……昔に、少しかじったことがあるんですよ。面白いですよ?」
「興味ねえな。それが金になるのか?」
ラインはロウの質問には返答せずページをめくり続ける。
「ライン、もういいだろ。今日の表向きは納品物の確認だけだ。あまり時間がかかっていると変に疑われるかもしれねえ。そんなに見たけりゃ今度の回収の時に見ればいいだろ? さっさと行くぞ」
「はい、わかりました」
ラインは本を閉じた。
「それじゃあ魔術書五点、確かに」
「で、ではこちらにサインを」
ロウがサインを書いている間に、ラインは本を箱へと戻した。箱に入っている五冊の本。その上にもう一つ、積み重ねるようにして。
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