アティラス
西式ロア
プロローグ
プロローグ①
冒険者全盛の時代――
各所で見つかる遺跡。そこにあるのは数多の遺物と財宝。誰もが覇者となり得た一攫千金の時代。
――それももう昔の話だ。
♢
「――ランスは自分の体以上の大きな剣を振り回し、迷宮の最奥にいるドラゴンを切り伏せました。恐ろしいドラゴンに囚われていたお姫様も、彼女が身に着けていた国の宝である白銀のティアラも奪い返し、王国に平和をもたらしたのでした」
透き通った優しい母の声。それが私にある母の、一番古い記憶です。
その綺麗な声で紡がれる数々の冒険譚に、私はとてもわくわくしたのを覚えています。
私もいつか冒険に出て、たくさんの仲間を集めて、いくつもの未知なる地を踏みしめ、数えきれないほどの宝を見つけるんだ、なんて夢見て。
ふっ、話していて今思い出しましたよ。そんな夢があったこと。
――なぜ忘れていた?
さあ? そんなものとっくの昔に諦めたからでしょうか。いや、諦めたというよりかは薄れて消えた、の方が正しいかもしれません。そんな夢、現実的でないと気付いて。
現実的でない夢を追いかけるほどの勇気は私にはありませんでしたから。
それに、自分自身と――その夢と向き合わなくていい理由をいっぱい持っていましたし。
――それは?
まあ、いろいろですよ。いろいろ。
六歳のころから教育が始まりましたし、それによって矯正もされました。現実を見るように、と。
勉強、勉強、勉強と。学ぶことは多かったですから。あの頃は大変だった。
それでも恵まれていたとは思います。何不自由ない生活が送れて、望めば大抵の物が手に入る。暖かい家族と使用人に囲まれて、友人と呼べる人もできた。そして将来も決まっていた。後はこの道から外れず歩いていくだけだった。
――その心地よさがお前から夢を奪ったのか。
いやいや、そんなことはないですよ。心地よかったのは本当ですが、それが夢を奪った訳では。
夢がなくとも私は幸せだった。ただそれだけです。
――だがどこかに渇望があったはずだ。現実に満足しておらず、何が欲しいかはわからないのに何故だか満たされない、そんな渇望が。
いやいやいや。
――しかし、夢を求める勇気がお前にはなかった。現実を見る勇気が。
逆ですよ。私は現実が見えていたから夢を……
――違うな。お前は本当に夢を忘れていたのか?
……まあいいです。それでも。人は見たいように見、聞きたいように聞く。あなたの中の私はそうなのでしょう。夢を捨てた、根性なしの臆病者。別にあなたに理解されたいとは思いませんよ。
それで、どこまで話しましたっけ? ああ、そうだ。私がとてもいい暮らしをしてたというところからですね。
あの頃は本当に良かった。でもそれは長く続かなかった。
私の父がね、殺されたんですよ。実の弟に。
理由は何だったのか知りません。父の持っていた地位か、財か、はたまた別の理由か。
気づいたときには家が燃えていて、みんな殺されてしまいました。
「――げて! あなただけでも。遠くに。必ず生き延びて!」
嗚咽混じりのしゃがれた声。それが私にある母の、最後の記憶です。
そしてここに流れ着いた。
今の年月が分からないものなので正確には分かりませんが、私もそろそろ十九かそこらでしょう。この歳で奴隷とは、全く笑えてきますよね。
――若いな。
ええ。
でもね。もうここに来て、一年になります。全然売れないんですよ。
無駄に健康なのに、馬術と剣術の心得が多少あるだけの体。元農夫の人ほど労働に向いた体じゃないし、変態に買われるほどの歳でもないし、華奢な体でもない。
読み書き算はできるけど、奴隷にそんなもの求められない。求められるのは単純労働をたくさんできる体のいい人だけ。
このまま売れなければ、一生天井を見上げて死ぬかもしれませんね。
私は、ここで毎日天井を見ながらたまに来るあなたのような人と話すだけ。そうでもしていないと退屈すぎて死にそうだ。
これが私の
街中にひっそりと佇む奴隷商の地下一階。石壁と鉄の格子で囲われたその場所に、乾いた声が響いた。
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