第8話 下準備 1/2

「亜美姉、お茶入れられた?」

「…ごめん、やっくん…」


 キッチンでは、亜美がションボリと肩を落としていた。


 想定はしていたものの、亜美のあまりの落ち込みように、泰史の胸が痛んだ。


「大丈夫、俺が入れるから。麻美姉も、飲む?」

「もちろん、いただくわ」


 スゴスゴとリビングに戻った亜美が、なにやら麻美に怒られている声が、キッキンにいる泰史にまで聞こえる。


「まぁ…何故あなたはいつでもそんなにハシタナイ格好をしているの?いくらやっくんしか見ていないからって、何をしても許されるわけじゃないでしょう?」

「いいじゃない、これくらい!いつまでこんなことしてられるかも、分からないんだから!これくらい好きにさせてよっ!」

「…まぁ、それもそうね」


 イヤイヤ、そこは引かないでよ麻美姉!


 と、キッチンでひとりズッコケながらも、美七海に勧められて購入したフレーバーティーを3人分淹れ、泰史はリビングへと運ぶ。


「あら。いい香り」

「美七海ちゃんのオススメなんだ」

「ふ〜ん。なかなかやるじゃない、あの子」


 心安らぐお茶の香りに暫し癒やされた後、泰史は本題に入った。


「で?俺に相談て、何?」


 泰史の言葉に、亜美と麻美は顔を見合わせると微笑みを交わし合う。

 その様子に、泰史は嫌な予感がした。


「世間ではもうすぐゴールデンウィークだよ、やっくん」

「そうだね」

「もう予定は立てたの?」

「うん」

「あの美七海って子と?」

「そう。俺の可愛い彼女と。だから」


 邪魔しないでね。

 そう続けようとした泰史だったが、二人の姉の前であえなく撃沈。


「あら素敵」

「いいねぇ」


 ニッコリと笑う麻美と、ニヤリと笑う亜美。

 どちらの笑顔も、ただ観賞するだけであればおそらくは、美しいと評されるものなのだろうが、泰史には嫌な予感が益々高まるだけだった。


「部屋はひとつしか取ってないからね!今から追加なんて、出来ないよ!」

「やっくん…」


 ジト目で泰史を見ながら亜美が言う。


「嫁入り前の娘と2人きりでお泊り旅行なんて、お姉ちゃんはどうかと思うよ?」

「下着姿でウロウロしてる亜美姉の方がどうかと思うけどっ?!」

「不肖の弟が美七海ちゃんにご迷惑をおかけしないか、お姉ちゃんは心配だわ」


 心から心配そうな顔をして、麻美がため息をつく。


「いやいや、姉ちゃんたちが居るほうが、美七海ちゃんに迷惑がかかるからっ!」

「ひさしぶりだね、麻美。私達も楽しもう!」

「そうね、本当に久しぶりね」


 泰史の言葉など聞こえていないかのように、亜美と麻美は楽しそうに笑い合う。


「私もちょっと、試したいことがあるし」

「いいねぇ、じゃんじゃん試しなさいよ、麻美!」

「えぇ、もちろん。ふふふ…」


 二人の姉の会話に軽い頭痛を覚えながら、チラリと壁時計に目をやれば、もうすぐ母親が帰ってくる時間。

 ため息を漏らしつつ、泰史はお茶の入った湯呑を3つキッチンへと下げると、急須とともに洗って布巾で水気を拭き取り、棚の中へとしまった。


「もう、俺帰るからね」


 盛り上がっているのか、まだまだキャッキャとはしゃいでいる二人の姉に小さく声を掛けると、泰史はそのまま玄関へと向かう。

 と。

 丁度母親が帰ってきた。


「あら、泰史。どうしたの?」

「うん、姉ちゃんたちに会いに」

「そう…これからご飯作るけど、食べていけば?」

「ごめん、今日はいいや。じゃ、また来るね」


 玄関のドアを締め、少し歩いたところで母親の声が泰史を呼び止めた。


「これ、あんたのじゃないの?!」


 母親が手にしていたのは、泰史が亜美に着せていたカーディガン。


「ああ、うん。今度また取りに来るよ」


 軽く手を上げると、泰史はそのまま美七海の待つアパートへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る