第10話 ~Happy GW Night~ 2/5
泰史がアーリーチェックインのできるホテルを予約してくれたため、大きな荷物は宿に置いてから観光をしようと、美七海は泰史と決めていた。
チェックインの手続きは泰史が全て対応してくれたのだが、フロント前のロビーでくつろいでいた美七海はクスクスと聞き覚えのある笑い声が聞こえたような気がし、ゆっくりとあたりを見回した。
広々としたロビーにはまだ朝早い事もあって、人影はまばら。
その中に、笑い声の主と思われる人影は見当たらない。
「気のせい、かな?」
「美七海ちゃん、お待たせ!……ねぇ、どこ見てるの?景色がいいのはあっちだよ?」
手続きを終えて戻って来た泰史は、明後日の方向をキョロキョロと見ている美七海に呆れ顔を浮かべ、カギを美七海へ渡すと美七海の荷物も持って歩き出す。
「泰史、荷物くらい自分で」
「いいからいいから。早く行こっ!」
カギを手に、美七海は慌てて泰史の後を追いかけた。
「この部屋、ちょっとした自慢があるんだけど。とりあえず、今は荷物を置くだけね」
そう言うと、本当に荷物を置いただけで、泰史はさっさと部屋を出た。
向かった先は、ザ・観光地の雰囲気を醸し出している、土産物店が並ぶ商店街。
そして。
その土地を訪れた観光客の大半が向かうであろう、観光名所。
あまり旅行馴れしていない美七海のために、泰史が考えてくれたプランだった。
ほぼほぼ手を繋ぎっぱなしで離してくれない泰史には少し困惑したものの、美七海は予想以上にワクワクしている自分に驚いていた。
偶には自分のプライベート拠点を離れて、こうして別の地域の景色や空気を楽しむ事は、実は楽しい事なのかもしれない。
昨今は、テレビやインターネットの情報を見るだけでも【行った気分】にはなれるし、それで十分だと思っていたのだけれど、実際に自分の目で見て肌で感じる空気感はまた別の感動を与えてくれるものだと、美七海は改めて感じた。
そしてこの楽しさは、もしかしたら隣に泰史がいてくれるからかもしれないと。
「ねぇねぇ、美七海ちゃん。せっかくだから、これ、お揃いで買って付けない?」
満面の笑みを浮かべて泰史が美七海に差し出したのは、2つでワンセットのキーホルダー。
可愛らしいイルカの下には、半分のハートが付いていて、2つ合わせると完全なハートの形になるというもの。
泰史は時折、美七海の考えも及ばない事を提案する。
今も美七海は、今時こんなものをお揃いで付けるのは、小学生か中学生、よくて高校生カップルくらいなのではないかと、頭を抱えたい気持ちだった。
当然、「却下」の旨を伝えようとした時だった。
「なによっ。もういいっ。あたしもう帰るっ!」
同じ土産物店に居た1組の若いカップルが、どうやら喧嘩をしてしまったようで、女性が険しい顔で彼氏を店の中に放置したまま店から足早に出て行った。
彼氏は慌てて追いかけて行くのかと思いきや、仏頂面で暫く彼女の去って行った方角を見ていた後に、店から出ると彼女とは反対方向に歩き去ってしまった。
その様子を見ていた美七海と泰史は、思わず顔を見合わせた。
「旅行とか、さ。いつもと違う場所で長時間一緒にいる事で、今までは気づかなかった相手の良くない部分も見えてきちゃって……って話はたまに聞くけど、ね」
「そうなの?」
「うん。でも、現場を目撃したのは、さすがに俺も初めてだよ」
緊張のためか、美七海の手を握る泰史の手が、少し汗ばんでいるように感じる。
「でも、俺たちは絶対に大丈夫だから!」
ニコッと笑って、泰史は言った。
「だからこれ、【初めての旅行記念】に、買おうね!」
「……う、うん」
微妙な場の空気のおかげで、美七海は思わず、却下をしようとしていたはずの泰史の提案を受け入れてしまった。
けれども、一旦手を離し、喜び勇んでレジへと向かう泰史の姿に、自然と顔が綻んでしまう。
「まぁ……いっか。よく見たら可愛いし。家の鍵にでも付けて置けば、他の人の目にはあまり付かないだろうし」
「お待たせ!美七海ちゃんの分は後で渡すからね。さ、次行こうか!」
再び手を握られた美七海は、笑顔で頷くと、泰史と共に次の観光地へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます