第9話 ~Happy GW Night~ 1/5

 隣の席で爆睡している泰史に片手でそっと上着を掛けながら、美七海は苦笑を浮かべた。


『車でも良かったのになぁ……美七海ちゃんと二人きりでドライブ。サービスエリアとかもさ、楽しいのにな』


 新幹線の予約をする直前までそう駄々をこねていた泰史だったが、買ってきた駅弁を食べながらビールを飲んだその直ぐ後には、気持ちよさそうな寝顔を見せていた。

 美七海の手をしっかりと握りしめて。

 聞くところによると、ゴールデンウィークに入る前日に、仕事でトラブルが発生し、昨日は深夜までトラブル対応に追われていたとのこと。


「ね?新幹線にしてよかったでしょう?」


 ツン、と泰史のおでこを人差し指でひとつき。

 それでも起きる気配のない泰史に悪戯心が湧いた美七海は、素早く周りを見回した。

 泰史自身の強い希望で、早朝出発の新幹線の中は、ゴールデンウィーク初日とはいえそれほど混み合ってもおらず、おまけに乗客の殆どは眠りについている。

 人の視線がないことを確かめると、美七海は泰史の前に立ち、額にそっと口づけた。

 とたん。


「キャッ!」


 グイッと腰を抱き寄せられ、バランスを保てずに泰史の上にのしかかる格好に。


「ずるいよ、美七海ちゃん。寝ている間にキスするなんて」

「ちょっ、泰史離してっ!」


 声を殺して抵抗する美七海の腰を、泰史はますます力を入れて抱きしめる。


「ん〜、どうしよっかな?美七海ちゃんがチューしてくれたら、離してあげようかなぁ?」


 繋いだ美七海の手を離したその手が、美七海のお尻へと忍び寄る。


「今俺酔っ払いだからね?早くしないと、このままエスカレートしちゃうかもしれないよ?」


 クスクスと、顔を赤くして困っている美七海を楽しそうに見つめる泰史の目は、本人の申告通りトロリと酔いが回った目。


「さっきしたでしょ!」

「おでこじゃなくて、くーちっ!」


 シラフでも、ことこういうことに関しては泰史は譲らないことが多いのに加えて、お酒が入った泰史はもっと手に負えない事を美七海は充分に知っている。

 んっ、と目を閉じて突き出された泰史の唇をため息をついて見つめた後。

 その唇に、美七海は諦めとともに自分の唇を重ねたのだった。



「やっぱり三泊、いや、せめて二泊はしたかったなぁ」

「それはちゃんと話し合って納得してくれたはずでしょ?」

「でもさぁ……」


 当初、泰史はこのGWに三泊の旅行を提案してきた。今年のGWは、美七海と泰史が付き合い始めてから二度目のGW。昨年も泊りの旅行を提案されたのだが、美七海は『まだ泊まりの旅行に行くほど心を許せていない気がする』と、丁重にお断りした。

 それまでも、週末に互いの家に1泊することはあっても、それは1日中一緒にいるという訳ではない。ただ仕事終わりや休日のデート帰りに、互いの家を訪れて夜を共に過ごすのみ。

 彼氏とは言え、気心の知れた同性の親友でもない、ましてや家族でもない異性と長時間一緒に過ごす事に、美七海は馴れていなかったのだ。

 それに。

 長い休みだからこそできる家の片付けや、買ったまま読んでいない本を読む、観ていないDVDを観るなど、美七海にはやりたいことが山のようにあった。

 泰史と付き合うまでの美七海は、毎年GWの大半を一人で満喫していたのだ。

 ただ、泰史と二人で過ごす時間ももちろん、今の美七海にとっては大事な時間だ。

 昨年は、泊まりの旅行こそしなかったものの、泰史の強い希望で丸2日間を美七海の家で彼と共に過ごした。

 きっとどこかで息が詰まるだろうと心配していたのだが、泰史と過ごす時間は苦痛を伴うことなく、思っていた以上に快適で楽しい時間であったことに、美七海は驚いた。

 驚いたのはそれだけではない。

 美七海以上に、泰史が美七海と二人の時間を満喫しているように見えたのだ。

 だからこそ、このGWに美七海は一泊の旅行ならと了承した。

 泰史とならば、もしかしたら何泊でも楽しい時間が過ごせるかもしれない。けれども、そもそもが『旅行馴れ』していないことを考慮し、まずは一泊旅行からと。

 泰史は最後の最後まで『せめて二泊!』と粘りに粘ったものの、最後には折れて美七海の意志を尊重してくれた。


 それなのに。


「ね~、美七海ちゃん。今からじゃ部屋も取れないだろうからさ、ラブホでもいいから二泊しようよー」

「却下」

「たまにはラブホでお泊まりも、楽しいかもよ?したことないでしょ?」


 人混みの中、ホテルの宿泊者用の送迎バス乗り場に向かって歩きながらこの期に及んで強請るように腰を抱き寄せる泰史に、美七海がその手を振り払おうとしたときだった。


「んっ?」


 泰史が、バス乗り場の方を見つめて足を止めた。


「どうしたの?」


 何事かと、美七海も泰史の視線の先を目を凝らして見てみるが、これと言って特別な何かは見当たらない。


「泰史?」

「あっ、ごめんね美七海ちゃん。早く部屋に荷物置いて、色々出かけよう!」


 美七海の腰からスルリと腕を抜くと、泰史はその場に美七海を残したまま足早に歩き出す。


「いや、いやいや、まさか…」


 泰史の小さな呟きが、慌てて駆け寄る美七海の耳を擽った。

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