第18話 ~Happy Seaside Night~ 1/3
美七海はその日、久しぶりに砂浜に立った。
水着を着て海の側に立っている自分が、信じられない気分だ。
すぐ隣には、嬉しそうな笑顔を浮かべる泰史がいる。
海を怖がる美七海を気遣い海側を歩いてくれるので、泰史を見る度にどうしても海が視界に入ってしまう。
(やっぱり、怖い……)
水が怖い訳ではない。プールでならば人並み程度には泳げる。
けれども、海で溺れた記憶は、まだ新鮮な恐怖を伴って美七海の中にこびりついていた。
「そう言えば、お姉さま達は?」
「あ~、そのうち来るんじゃないかな」
美七海の元へ、泰史は車で迎えに来てくれた。
てっきり車の中には亜美と麻美が乗っているのだと思いきや、乗ってはいなかったのだ。
一緒に海へ行こうと誘って来たのは、亜美と麻美だと言うのに。
「どうする、美七海ちゃん。とりあえず、ここら辺で海見ながら座ろうか。別に俺、美七海ちゃんに無理してまで海に入って欲しくないし。何があっても助けるつもりではいるけど」
「……うん」
泰史の優しい気遣いに美七海が頷いた時。
にわかに海辺が騒がしくなり始めた。
見れば、遠くからスラリとした体形の2人組の女性が、あちらへフラフラ、こちらへフラフラと寄り道をしながら、美七海と泰史の方へと近づいてきている。そして、彼女達が通り過ぎた後には、喧嘩の花が咲き、カップルたちが言い合いを初めているのだ。
「あれってもしかして……」
「間違いなく、姉ちゃん達、だな」
泰史の双子の姉、麻美は、人と人を結びつける糸が見えるという。
そして、その糸を切る事ができるハサミを、麻美は手にしてた。
もっとも、『強い繋がりを持つ人同士の糸は、どんなに切っても再生する』とは言っていたが。
「やっくん、美七海っち、お待たせ!」
泰史と美七海を見つけ、そう言って駆け寄って来た亜美は、ショッキングピンクのかなり際どいビキニの水着を身に着けていた。
美しい黒髪がハラリと胸元を隠してはいたが、同性である美七海まで、視線のやり場に困ってしまうほどだ。
「亜美姉、なんだよその水着」
「あら~?お姉ちゃんに見惚れちゃった?」
「そんな訳ないだろ!」
亜美と泰史が軽く言い合いを始めたところに、麻美がゆったりとした歩みで近づいてきた。
亜美よりはだいぶ大人し目の黒に近いグレイのワンピースの水着。頭にはつばの大きな麦わら帽子を被り、右手には小さなハサミを持っている。
亜美に同じく美しい黒髪は、後ろでゆるっとひとつに纏められていた。
「あら、やっくんも美七海さんも、まだ海に入っていなかったの?」
「ああ、今着いたところだから。ちょっとここで座って休もうかと思って」
「あらあら、着いたばかりなのにもう休むなんて。おかしなやっくん。さ、美七海さん、行きましょうか」
「えっ?……えっ、えっ?!」
いつの間にどこにハサミをしまったのか、麻美が右手でやんわりと美七海の腕を取る。
それは、振りほどこうと思えば振りほどけるほどの力ではあったものの、そのひんやりとした感触に驚いた美七海はそのまま、麻美に連れられて海へと歩き出した。
「ちょっ、麻美姉っ?!なにすんっ」
「はーい、やっくんうるさいよ?!ちょっと黙って、ここで美七海っちのこと見守ってようね」
亜美に足止めをされているのか、後ろから泰史が追いかけてくる気配は無い。
「大丈夫よ、美七海さん。まずは少し足が浸る程度の所から行きましょうね。大丈夫よ、私も亜美も絶対にあなたを守るから。それに、やっくんも、ね」
「……はい」
美七海は意を決して、一歩海へと足を踏みいれた。
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