第25話 ~Happy Christmas Eve~ 1/4
「美七海さん、あなたにお願いがあるの」
「絶対、美七海っちに、うん、って言って欲しい」
クリスマスイブの前夜。
まだ仕事が残っているという泰史を置いて先に出て来た会社近くで、突然現れた亜美と麻美に捕まった美七海は、唐突に二人から頭を下げられ困惑の表情を浮かべた。
『クリスマス、姉ちゃんたちも一緒にパーティしたいってしつこいんだけど、いい?』
泰史からはそう聞かされていたし、みんなでパーティをするのは大賛成だと泰史には伝えていたはずなのに、ちゃんと伝わっていなかったのだろうかと不安を覚える美七海に、亜美が言った。
「実はね、私たち明日でお別れしようと思ってるんだ」
「……えっ?」
「私たち、本来ここに居てはいけない存在でしょう?やっくんの事が心配でずっと居ついてしまっているけれど」
「だからね、美七海っちには、やっくんのことお願いしたいんだ」
「やっくんはああ見えて、泣き虫なのよ……フフフ」
亜美も麻美も表情は明るい。
けれども、美七海は胸に氷の欠片が刺さったような痛みを覚えた。
「でも、私たち湿っぽいの苦手なんだよね。だから、楽しくパーッと騒いでお別れしたいんだ」
「私は、騒ぎ過ぎるつもりはないけれど」
「ちょっと麻美、一緒にやるって言ったでしょ!」
「あら、あれはそんなに騒がなくてもできるわよ?なんなら静かにひっそりと」
「あーっ!それじゃしんみりしちゃうから、賑やかにしようって話したじゃないっ!」
「そうだったかしら?」
今、美七海の前にいるこの2人は、既にこの世の人間ではない。
泰史にも聞かされたし、実際にこの世の人間ではありえない事を、美七海自身も目撃している。
けれども、こうして見ていると、普通に姉妹同士で口喧嘩をしている、少しクセの強い女性2人にしか見えない。
出で立ちは、亜美がショッキングピンクのコート。麻美が黒に近いグレイのロングコート。
共に美しい黒髪。
始めて出会った時と同じだ。
「でも、どちらにしても、やっくんのことだから泣いてしまうんじゃないかしら」
「多分、ね」
はぁ、と共に溜息を吐くと、亜美と麻美の目が同時に美七海へと向けられる。
「えっ……と……」
「だから美七海っち、お願い!」
ガシッと美七海の肩を掴み、亜美が美七海に迫る。
「やっくんが泣いちゃったら、気が済むまで慰めてあげて。全力で慰めてあげて。私たちの分まで!」
「いい大人だから、ヨシヨシ、では済まないでしょうけど、そこは……ね?あなた自身のやり方で」
ふんわりと笑い、麻美が美七海の肩を抱く。
こんなにも2人と至近距離でいるというのに、温もりを感じる事は無く、返って冷気を感じた美七海は体を強張らせながらゆっくりと首を縦に振った。
「よかった。さすが美七海っち!」
「ありがとう、美七海さん。これで私たちも安心して逝く事ができるわ」
安心したような笑みを浮かべる2人に、美七海は泰史への深い愛情を感じた。
こんなにも泰史を想っている2人が、本当に泰史の元を離れなければいけないのだろうか。
そんな疑問まで、浮かんできてしまうほどに。
「分かってると思うけど、今日私たちと会った事は、やっくんには内緒だよ?」
「はい」
「それでは、明日は楽しいパーティにしましょうね、美七海さん」
バイバイ、と手を振ると同時に、亜美も麻美も一瞬でその場から姿を消した。
「亜美さん、麻美さん……」
胸に刺さった氷の欠片が、チクリと痛む。
きっと明日、泰史はこの痛みの何倍もの痛みを感じる事になるだろう。
その痛みを、自分は本当に癒す事ができるのだろうか。
「わたしの、やり方で……」
美七海は握りしめた拳で、胸の痛みをギュッと押さえつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます