第2話 気の、せい?
妙に刺さる視線を感じ、美七海は後ろを振り返った。
まばらながらも、人通りのある通りだ。
複数の人が歩いているのが見える。
だが、取り立てて怪しいと思われるような人は見当たらない。
強いて言うなら。
ショッキングピンクのコートを翻して颯爽と歩く、美しい黒髪の女性と、一瞬目が合ったくらいか。
ホっと息をついて再び家に向かって歩き始めるも、美七海はまたも視線を感じでその場に立ち止まった。
もうすぐ、泰史が家にやって来る。
早くしなければ間に合わないとは思いつつも、美七海は立ち止まったまま、恐る恐る、再び後ろを振り返った。
もしかしたらその視線は、泰史のものかもしれない、などという期待を抱きながら。
けれども、残念ながらそこに泰史の姿はなく、また、怪しい人影も見当たらない。
強いて言うなら。
黒に近いグレイのロングコートに身を包んだ、美しい黒髪の女性と、一瞬目が合っただけ。
あれ?
と、美七海は首を傾げた。
あの女性、さっき確か、ショッキングピンクのコートを着ていた人じゃ…
フルフルと頭を振り、美七海は家に向かって走り出す。
もうすぐ、泰史が家にやって来てしまう。
待たせたところで泰史は決して怒るようなことは無いが、泰史を待たせることはしたくないと、美七海自身が強く思うのだ。
「急がなきゃ!」
美七海は気づかなかった。
走り去る美七海の背中を、ショッキングピンクとグレイのコートが、並んで見つめていたことに。
「美七海ちゃん、お待たせっ!」
約束の時間から少し遅れて、泰史がやって来た。
泰史が時間に遅れることは珍しい。走ってきたのか、髪の毛が乱れている。
「どうした」
「ねぇ美七海ちゃん!大丈夫だった?何も変わったこと無かった?!」
部屋に上がるなり、泰史が真剣な顔で美七海の肩を掴む。
「えっ…?特に、無いけど…」
「良かったぁ…」
美七海の言葉に心底ホッとしたように大きく息をついて、泰史は美七海を抱きしめた。
「どうしたの?なんかあったの?」
「いや…あった、っていうか、未然に防げたかな、っていうか…あはは」
歯切れの悪い、泰史の答え。
首を傾げ、黙ったままじっと見つめる美七海に、観念したように泰史は口を開く。
「姉ちゃん達が、さ。美七海ちゃんに会わせろって、うるさくて。今日も付いて来ようとしたから、撒いてきたんだけど…もしかして先回りしてたらどうしようかと気が気じゃなかったんだよ」
「お姉さん、でしょ?良かったら来ていただけば」
「だめだめっ!ぜーったい、だめっ!」
泰史に3才上の双子のお姉さんがいることは聞いていたし、美七海としてはお姉さんと会うことに何の抵抗も無かったのだが、泰史は血相を変えて拒絶の意を示す。
「美七海ちゃんは、姉ちゃん達のこと知らないからっ…そりゃいつかは会ってもらいたいけど、今はまだ、絶対にダメっ!」
「わかった!わかったから、落ち着いて」
泰史のあまりの剣幕に思わずそう言うと、ようやく泰史は表情を和らげ、甘えるように美七海の肩に頭を預けた。
一体どんなお姉さん達なんだろうか。
トントンとあやすように泰史の背中を軽く叩く美七海の脳裏には。
何故か、ショッキングピンクとグレイのコートの美しい黒髪の女性の姿が浮かび上がっていたのだった。
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