第9話  手紙




 ヨウが知らない女の子に手を引かれて私の元にやって来た。

 ヨウは私に気づくと、私の方に駆け寄り、「抱っこー」と私を抱きしめた。

 私は彼を抱き上げた。

 女の子はそれを私の隣で見ていた。

 無表情があまり変わらないが、ヨウを見るその時、広角が少しだけ上がっているような気がした。


「ユイじゃん。ナイスタイミング。こいつら頼んだ」


 イブはこちらを見て、女の子に向かってそう言った。

 女の子は、相変わらず無表情に頷いて、祈るように手を組んだ。

 倒れ込んだ人たちから、その傷口から、黄金色の光が溢れ出てくる。

 見ていても眩しいと思わない。不思議な光だった。

 徐々に光が弱くなっていき、傷口だった場所はすっかり治っているようだった。

 切られた服は元通りにはなっていなくても、傷口も傷跡も何も残っていなかった。


「これは……ヒーリング!?」


 創世の魔法使い!『再生』の魔法!

 彼女もまた……!

 その場に倒れ込んだものみんな「ゔ……」と起きそうな予感を感じた。


「おい!さっさと連れて行け!」


 イブは元気そうな隊士たちにそう言う。隊士たちはそうせざるを得ないと言う様子で、倒れた隊士たちを担いで王都の方に逃げていった。

 ユイという桜色の髪の女の子は、ヨウにヨシヨシと撫でられていた。


「なんでヨウいるんだよ。家で遊んでろよ」


 イブは不機嫌そうに、心配そうにヨウにそう言った。

 ヨウはイブにもヨシヨシと撫で始めた。

 イブは何もといえない様子でヨウを睨んでいた。


「ユイ。あなたも創世の魔法使い……あなたもヴェルメリオファミリーなの?」


 私のその質問に、ユイは首を横に振った。

 違ったみたい。


「ユイはジュビアファミリーだよ」


 3つのマフィアが縄張り争いしていると聞いたから、もっとバチバチな関係だと思ったが、この三人を見ているとそう言ったわけでもなさそうだった。


「ユイはヨウが呼んだら来るけど、基本敵だからあんま信用するなよ」


 違った。全然仲良くないみたい。


「しかし面倒だな。貴族の刺客、憲兵隊、次から次えと……その労力他に回せないものかな」


 創世の魔法使いがこんなにもここに集まっているなると、王家も無視できないだろう。そして躍起になって探すはずだ。彼らが王と認めた人間を。その者を殺して、自分たちを王とすげ替えれば、彼らにとって一番良い環境になるはずだ。


「よかったのかしら。ユイが創世の魔法使いだと知られてしまって……」

「大丈夫。今に始まったことじゃないし、ジュビアファミリーは少数精鋭で滅多に表社会に顔を出さないから、出会う確率の方が少ない」


 それなら……大丈夫なのかしら。


「アジトの場所も知らないし、それなのにヨウはいつもどこからともなく連れてくるけどな。ちょうど呼んで欲しい時に」

「すごいわね」


 ヨウは得意気に笑った。可愛い。

 ユイの魔法で、市民の怪我人もすっかり元気といった様子だった。


「じゃあボスに報告しないといけないし、アジトに帰るか」


 イブがそう言い、私が彼の後に続いて歩き出そうとした時、ユイは私のスカートを掴んだ。


「メイ」


 澄んだ透き通るような声だった。


「あなたがここにいることを知った貴族がどう出るかわからない。しばらくアジトにいた方がいい」


 彼女なりの気遣いのようだった。


「ヴェルメリオファミリーはみんな強い。幹部は別格。うちのボスがいつも言ってる。3つのファミリーが争うことはきっともう永遠にない。それでも血迷うようなことがあったのなら、皆殺しにしていいって」


 なんて恐ろしい助言。


「まずはケビンから殺せ。そう言ってた」


 イブは「あの人強いけど狂ってるよな」と言い、ヨウは共感するように頷いていた。


「一番強い人と一緒にいるのが一番安心」

「ありがとう。そうするわ」


 私はそれからユイの助言通りアジトにいた。

 それからしばらく、見張りも驚くほど何の動きもなかった。

 今まで定期的に来ていた刺客も、炎呪も、何も起こらない日々だった。

 私はアジトでケビンとお酒を飲んだり、ヨウに字を教えていたが、全くと言っていいほど危険とは正反対の生活だった。

 ケビンは寝ているかお酒を飲むかだけの少ない行動パターンだったが、一向に隈が薄くなる様子はなかった。


「メイ効果絶大だな」


 ある日ハイドはそう言って感心していた。


「メイがこっちにいるってわかった瞬間これだ。相当大事にされてんな」


 確かに学校でみんなと仲良くしていたし、王妃様にも可愛がってもらっていたが、ここまでとは。


「手紙がすごい届いてるよ」


 ヴェルメリオファミリーのボスの孫、ランはたくさんの手紙を抱えて大広間にやってきた。

 ランはボスと同じブロンドの髪で、ヨウの養父らしい。

 手紙は学友からのものがほとんだった。


「メイ様。ご無事で何よりです」「あなたがいない学校生活は考えられません」「学長は主席のあなたを特待生と認定し退学措置を取らずいつでもあなたを迎えるとおっしゃっていました」「メイ様、また会える日を心よりお待ちしております」


 その学友からの手紙は、本当に嬉しかった。

 読んでいった手紙は、ヨウが片っ端から折り紙としていろんな動物にしていっていた。ランは「えー!すごーい!」と褒めて伸ばし、えっへんと自慢気になっているヨウが本当に可愛かった。

 中には王家の紋章がついた手紙もあった。

 差出人は王妃様からだった。


「メイ。あなたの安否をずっと心配しておりました。憲兵からの知らせを聞いた時、ようやくゆっくり眠れる気がしました。でもあなたは、そこにとどまることを決めたのね。魔女狩りのことも、あなたが知ったら怒るだろうと思っていました。あなたは誰よりも民を思い、自分の役割を全うしようと思い詰めていたから。でも言えなかったわ。国が傾いている今、平民の魔法使いが反旗を翻す有事まで起こしたくなかったのです。でもこんな結果になるなら、早く言っておくべきだったわ。メイ、あなたはいつも完璧に全てをこなして、でも何をしてもやりがいなんて感じていないように思えた。憲兵から聞いたあなたの言葉には、あなたの強い意志を感じました。目に見えない民より、あなたの目に映る全ての民を守ることを決めたのね。平民となった今、それもまた素晴らしい選択だと思う。あなたがいるリベルダを守りたい。それは私の偽らざる本心です。でもそれは王妃としての私の役割に反すことになる。でも残念なことにね、例えあなたが私の元に帰ってきたとしても、創世の魔法使いをリベルダから奪える見込みは我々には無く、彼らが王を打つことも叶わないでしょう。この国はこのまま終わっていくしかないと思う。私はこのまま国が終わっていくなら、最後に王妃としてではなく、私自身の意思で動いてみようと思います。メイ。あなたのことを本当の娘のように思っていたわ。バカ息子が迷惑かけたわね。あたなは素敵な恋愛をして、好きな人と結婚しなさい。みんなにはあなたの心や体に傷をつけようものなら処罰の対象にすると言明しました。おそらくしばらくは誰も手出ししないでしょう。メイ、あなたやあなたの大切な人が幸せになる方法を、あなたがこの時間で導き出してくれる事に賭けます」

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