第7話 ヴェルメリオファミリー




「ありがとう」


 目元が赤い。それでもイブは嘘偽りない笑顔でそう言った。

 

「私は……何もしてあげられなかったわ」

「そんなことないよ。ヨウのこと助けてくれた。ヨウは俺たちにとって可愛い末っ子だから。本当にありがとう」


 大きい丸いテーブルでみんなで朝食を取った後、壁際にあるソファに腰掛けてコーヒーを飲んでいると、隣にイブがやってきてそんなやりとりをした。


 みんなこれからどうするのか、深刻そうな話を小声でしているのを、聞かないように隅でじっとしていた所だった。


「……なんて名前?」

「私はメイよ。メイ・ヴィブラスト……って言っても、もう貴族じゃないから、ただのメイだったわ」


 私の自己紹介に、「ヴィブラスト!?五大公爵家じゃん」と赤いワイシャツの琥珀色の髪の青年が驚きの表情を見せた。


「何日か前に勘当されて、私自身はもう貴族でもなんでもないんですけど」

「だから炎呪のことも知ってたのか」


 納得したように頷くその人は、ギル。ヴェルメリオファミリー幹部が一人、幹部の中でもリーダー的な立ち位置にいるらしい。


「大変だったわね……。それであんな薄着で外を歩いていたの……?もしかして今まで野宿?」


 昨日私を暖かく迎え入れてくれた赤いドレスのエリナ。濃い桃色の髪は触ってみたくなるほど艶々で毛先まで美しい。


「はい。私の家系は土魔法を得意としているので、ど田舎の農村部で畑でも作って生きていこうと思っていたのですが、その前に資金がなくなってしまいました」

「だったらここで働かない?私妹が欲しかったのよ!」


 彼女はとても美人で、隣に座った時とてもいい香水の匂いがした。

 こんなお姉様なら私も欲しい。


「仕事を探していたので嬉しい申し出ではありますが、私働いたことなくて……」

「あら!気が向いたらヨウちゃんと遊べばいいわ!それ以外は自由にしていればいいわよ!あ!昨日泊まった部屋メイ仕様にしていいわよ。これからずっと一緒ね!」


 不況の中仕事は選んでいられないと思ったが、ここまで高待遇だとなんだか怪しく感じてしまう。


「メイ。大丈夫よ。カインとハイドもあなたと全く同じ境遇なのよ」


 エリナは私の不安を払拭させるように二人の男性に指を指した。


「あの金髪のチャラそうなのがハイド。トニトルス家の次男だったのよ」


 「よっ」と言いながら手をこちらに振っている、昨日会った金髪ピアスの高身長。でも優しそうな人だった。


「隣の黒髪がカイン。ブレイズ家だったのよ」


 ブレイズ!?炎呪の血族!

 二人も五大公爵家がいるなんて。なんでこのファミリーに……。


「それだけじゃないわ。あの隈のひどい金髪も元々トニトルス家だったのよ。ハイドのおじさん。ここじゃ元貴族なんてザラにいるでしょ」

「ええ……そうですね……」


 私はブレイズ家の事情なんて全くわからないが、人を焼殺するために自分の血族を殺す魔法ということだけはわかっていたので、彼は逃げてここまできたのではないかと、カインの方を見ていた。

 カインは私の方を笑って見ながら口を開いた。


「ご明察!」

「私まだ何も言ってないですけど……」


 カインは手から小さな赤い炎を出し、眺めながら話を続けた。


「炎呪はブレイズ家当主、イグニス・ブレイズだけが使える相伝魔法。発動するとき、血族を代々伝わる椅子に座らせる。あとは当主が呪文を口にすれば、その椅子の上で血族は心不全で死に、呪った相手も焼殺される。椅子に座りさえしなければ血族は死ぬことはない。僕は子供の頃こっそり椅子を壊そうとしたんだけど、どんな魔法でもびくともしなかったよ。あの椅子は、どうやら炎呪を使える当主しか壊せないらしい」

「あなたが次期当主になり、炎呪を継承し放棄することはできないのですか」

「炎呪の継承は魔力比べで決まる。年老いていけば魔力量も少なくなると言われているけど、僕は今の当主の足元にも及ばないと思うよ。あの人は純血の魔法使い。僕の母は、魔力は雀の涙ほどしかなかったらしいし。魔力比べはやる前から勝負を決しているよ」


 だったら尚更ヨウには負担を強いることになる。彼の成長しか、今とりうる対抗策がない。


「大丈夫よ、メイ。メイは魔力量も多いし、ただの私の着せ替え人形だもの。ブレイズ家からあなたが狙われることはないわよ」

「35人死んでも、ブレイズ家は王家が魔女狩りで得た魔法使いを所持して子を量産している。メイ、お前は農村部で荒稼ぎした方が幸せかもしれない」


 ケビンは低い落ち着いた口調でそういった。


「何よケビン!そこは俺たちが守ってあげるから大丈夫って言うところでしょ!?」

「現実的に考えても見ろ。俺たちが狙われているのはブレイズ家だけじゃない。王家派閥の貴族全てからだ。炎呪がどうにかなったとしても、それで全てが解決するわけじゃない」

「あの……どうして王家派閥から狙われているのですか?」

「創世の魔法使いよ!よこせって言ってくるのよね。しつこいわ。あ、でもこのこと、ヨウには内緒ね」


 ヨウ。あなたが王家に渡れば、ジーンは死なずに済んだのかもしれない。そう思って自分を責めて欲しくない。私としても口が裂けても言えるはずがなかった。


「このウィチェリー国は王と5人の創世の魔法使いの存在でバランスを保ち、繁栄してきた国です。今王家が所有している創世の魔法使いはたった一人。そのせいで各地に旱魃や異常気象、天災が頻発しています。だけどここはそうじゃない。きっと創世の魔法使いはこの土地に集まっている。だからこそこの地は豊かなのだと思います。それを王家がよしとするとは到底思えない」

「メイはすごいな。ここに来てまだ日が浅いのに、なんでも見抜いていく」


 イブは感心するようにそう言った。

 王家は『魔力操作』を所有していると公言していたが、その力はヨウが持っていた。もしかすれば王家は何も持っていない可能性がある。苦し紛れの嘘だったのかもしれない。これから創世の魔法使いは集まっていくから心配するなと思わせる算段でついた嘘が、後からばれたとしたら、王家の打撃は相当なものになりそうだ。


「私は王妃教育を履修済みですから」

「え、よく勘当されたね」

「言ってみるものよね。持つべきは沸点の低い後先考えない父親かしら」


 撃つてなし。ここにいることは確かにリスキーだ。でも私は、見てみたいと思っていた。ジーンが託したイブが、みんなを守るところを。ジーンが命を賭しても守りたかったヨウの心を、私も守りたいと思った。


「あの、先ほどの言葉、甘えさせていただけないでしょうか。私をここで働かせてください」

「もちろんだよ。君の好きにするといい」


 扉の向こうから70代くらいのブロンドの髪の赤いスーツを着た男性がそう言いながらやってくる。

 その姿に、少しだけみんなの背筋が伸びたような気がした。

 

「メイ。このヴェルメリオファミリーの役割はただ一つ、この街を今よりも良くしていくことだ」


 この方がヴェルメリオファミリーのボス、ルージュ。シワの寄った目や口元には優しさが滲み出ているように感じた。


「ジーンの最後を見届けてくれてありがとう。ヨウを助けてくれてありがとう。君の働きに期待しているよ」



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