第8話 反撃
ヴェルメリオファミリーでの暮らしは豊かで賑やかだった。食事はその時いるみんなで大広間でとり、メイドが多くいるので世間話したり一緒に洗濯や皿洗いをしたりすることもあれば、ヨウと外に遊びに行ったり、エリナと買い物をする日々だった。
あれから炎呪は起きていなかった。
ある日、公園のベンチでイブが空を見上げていた。
隣に座ると、イブは私に笑いかけた。
「似合ってるね、その服」
エリナに選んでもらった花柄のピンク色のワンピース。
初めて会ったときは薄汚れた服とは比べ物にならない。
「ありがとう。イブは……ヴェルメリオファミリーの幹部のみんなは服のどこかに赤いものを身につけてるね。イブは赤い手袋をしてる」
「うん。幹部になった日にボスにもらった。俺の宝物!」
イブはいつだってみんなに笑いかけている。
みんなに気にかけて、でもみんなあなたのこと心配そうに見てる。
ジーンが最後に言葉をかけたあなたが、きっとジーンの一番心を許す人だったのだろうと思っていた。
「ねえ。ジーンのこと、教えてくれない?」
「もちろん!ジーンは俺の親友。ガキの頃からずっと一緒にいたよ!」
ジーンのことを話すイヴはすごく楽しそうだった。
「ジーンは頭が良くて、剣の腕もすごくてさ、ずっと二人でどっちが先に幹部になるか競争してたんだ」
「どうしてヴェルメリオファミリーに入ったの?」
「街のみんなが憧れてる、収入が良いから親に楽さしてやれる、ボスがかっけえ!他にも色々!」
「じゃあ夢を叶えたのね」
「まだまだだよ。ヴェルメリオの幹部にはなったけどさ、俺はみんなに守ってもらってばかりだんだ。ヨウに励ましてもらってようやく前を向けた。みんな死んでいくことが怖かった。少し前まで幹部なんて40〜50代しかいなかったんだよ。今じゃ20〜30代だけなのに。考えもしなかった。俺が幹部になったのだって、実力じゃない」
おそらくその幹部から炎呪で殺されて行ったのだろう。
「イブは卑屈ね」
その言葉にイブはキョトンとした。
「イブは優しい。私が泣いてご飯を食べてたら上着をかけて頭を撫でてくれた」
「そんなのふつーじゃん……」
「そんなことないよ。私は貴族から平民になって、損得勘定なしに初めて誰かに優しくしてもらった。確かにリベルダの人はみんな親切だけど。イブはかっこいいよ。あなたにはその赤い手袋がよく似合う」
イブは照れながら「ありがとう」と言った。リベルダはこの街の名前だ。
イブは天を見上げながら言った。
「ジーンは魔法はてんで使えなかったけど、頭が良かった。いつもみんなが豊かに生活できるように勉強してた。魔法が使える俺に、みんなの幸せのために使うんだよっていつも言ってたよ。同い年だから気楽に話せるのに、たまに親みたいだった。言うことはいつも正論で、でも反感とか全く起きずに全部納得できる。あれをやろう、これをやろうって、いつも何かに挑戦してて、ダメだったら「あははー」って笑って、成功したらもっと上手くできるように、みんなの役に立つようにって考えてる奴だった。俺の自慢の親友。俺にとってどこか……王様みたいな人だった」
ここまで想ってくれる親友がいるんだもの。ジーンは幸せだったはずよね。
「でも!いつまでもクヨクヨしてらんないよな!外は冷えるし、そろそろ帰ろう、メイ」
私たちは一緒に帰路についた。
歩く歩幅は同じで、私より少しだけ身長が高いイブは、いつだって笑顔を絶やそうとしない。
笑っていくことが義務のように、私と目が合うと笑っていた。
「何がおかしいの?」
私が意地悪くそういうと、イブは笑った。
「俺のは癖。みんなに言われるよ。今笑いどころじゃないって」
「きゃー!!!」
歩いていると複数の悲鳴が聞こえてくる。
「メイは先に帰ってて」
「ううん!私もいく!」
二人で叫び声の上がったところに走る。
……が、イブは足が早すぎる。
すぐに離されてしまう。
イブは私の方に振り返る。
「先に行って!」
そういう他ないほど早い。おそらくあれは固有魔法。私も遅くない方だとは思っていたし、学校での成績は上位だったが、彼に敵わない。
イブは私の方に駆け寄り、私を抱き上げた。
「高いの平気?」
「うん?」
イブがその場を蹴り上げると、すごい風圧で咄嗟に彼の肩に顔を埋めて目を閉じた。そっと顔を上げて、目を開けると、街が見渡せるよど高い空中にいた。
「あそこだ」
イブは騒動の先を冷静に見据えていた。
これは身体強化系の魔法だろう。それにしても足の速さとジャンプ力、その両方がここまでとは……。同じ身体強化系でもここまでの魔法使い貴族にもいないだろう。
ヴェルメリオファミリーは元貴族が何人かいたが……本当に底知れない。
私も叫び声が上がったとされる場所を、下を見てすぐにあそこだと確認した。
ここまでは見回り区域ですらないだろう憲兵隊が市民に攻撃魔法を行使していた。
「魔女狩りか?王家とは直接争うなってのがボスの指示なんだけど、こればっかりは返り討ちにさせていただく他ないな」
攻撃魔法が飛び交う中心に空から降ってきた私たちを、憲兵達は驚いた様子を隠すことなく叫んだ。
「ヴェルメリオファミリーのイブだ!殺しても構わない!!」
私は彼から離れて、逃げ遅れた人に手を差し伸べ、建物の裏に隠れるよう指示した。
イブは魔法使いとして王家に認知されている。
しかも即処刑対象だなんて。
「待てよ……あれはメイ・ヴィブラスト!!」
憲兵の人差し指は私に向けられていた。
「王家から生かして捕らえろとあった貴族令嬢だ!」
なぜ?でも確かに、私には子供を産ませて殺すくらいには、まだ利用価値はある。
「私はとっくに勘当されているものだと思っていましたが」
「確かにヴィブラスト家から除名され、アラン殿下との婚約も破棄されているが、あなたには王妃様や多数の貴族から嘆願書が届いており、今までの貢献とその魔力のために他の貴族の家に養子縁組するべきだという声が上がっている。王妃様もあなたのことを保護するべきだと強く主張している」
アラン殿下の母上、王妃様は実力主義だった。何事も難なくこなしてしまう器用貧乏だった私を、魔力の強い私を、いつも気遣ってくれた。
アラン殿下はその点、容量が悪く、一つのことに集中すると周りが見えなくなる人だったせいもあり、母からは失望と幻滅の目を向けられていた。
それもアラン殿下が私を嫌う一つの要因になっていたように思える。
王妃様はアラン殿下を次期国王として扱っていた。王妃様と国王は政略結婚であり、アラン殿下の実の母親であるが、息子として甘やかすことなど一切なかったように思える。
「もう一つお聞かせください。ここにいる方々に攻撃魔法を使った理由を」
死者は出ていないが、怪我人は4、5人と言ったところだった。
「魔法を使うことができるのは貴族のみ!その力は平民如きがもつことは許されない!」
「そうですか。魔女狩りというものですね」
特権階級に固執した王家と貴族からしたら、確かに合理的だわ。
私ははらわたが煮え繰り返りそうだった。
なんてふざけた理屈なの。
「では王妃様をはじめとする皆様にお伝えください。私は平民として魔法を行使します。ここリベルダに住まうみんなの幸せのために。それを邪魔するのが王妃様だろうと、私は戦います!!」
その声に憲兵隊は憤ったかのように「捕らえろ!」と叫ぶ。私が手を挙げると、地面から蔓がのび、憲兵隊の足のまとわりつく。
「なんだこれは!?」
「メイ・ヴィブラストは土魔法の名手だ!」
遠くから私に向かって弓を向ける隊士が目に入る。
シールド魔法!間に合うか。
私の前にイブが立ちはだかり、その手には銀の魔力の込めたれたナイフがあった。
魔具!?貴族でもなかなか手を出せない高級品なのに!
「メイは強いな」
イブは感心するように私に笑いかけた。
「かつての仲間にだって立ち向かえる」
イブの顔から笑顔は消えていた。
真剣に、ただ目の前の敵を見据えていた。
「俺も負けてられないな」
蹴り上げた地面から土埃が上がる。目を離した一瞬、見失ったが、彼の手には矢があった。先ほど私に向けて放った矢を素手で掴んで、その場に捨てて、蔓に絡まれた隊士に強烈な蹴りを首元に叩きつける。
意識を手放した隊士が地面に倒れるよりやはく、他の隊士の顔面にパンチが食い込むのが見える。
速すぎる。強すぎる。
「全員でたたみかけろ!!」
隊長のその言葉に、皆剣を構えてイブを囲む。
「イブ!」
私がそう呼ぶとイブは私の方を見て笑った。
「大丈夫。余裕」
その笑顔は、年相応の無邪気さがあった。
こんな場面でも、あなたは笑っていられるのね。確かに、あなたは笑いどころがわかっていない。今笑うのは、敵にとってとてもクレージーだわ。
「かかれ!」
一斉に剣を振り下ろされたにも関わらず、かわし、ナイフでいなし、剣を持つその手にナイフを突き刺し、悲鳴を上げさせるより早く喉元を切った。
仲間の死に狼狽えているところに、他の隊士の首めがけてナイフを投げて殺し、武器がなくなったところに背後から剣を振りかざした隊士の剣を汗ひとつかかずに避け、回し蹴りで気絶させ、手から離れた剣が地面に落ちる前に足で蹴りあげ、宙でキャッチして、隊長に向かい剣を振り下ろす。
力も強いのか、冷や汗をかく隊長がみるみる顔面蒼白になっていく。
「お前のその力は……この国のためにあるべきなのに……!」
「守ってみせるさ。リベルダに住まう人たちだってウィチェリー国の民だ!魔女狩りなんて馬鹿げたことをする王に……仲間を殺しづつける貴族に、俺は絶対屈しない!!」
二つの剣が離れてすぐに、イブの持つ剣が隊長の胸に深く切り込まれる。
残った数名の隊士は、ワナワナとした様子で血が流れていくのを見ていた。
もしも彼が貴族だったら。とても優秀な騎士になっていただろう。
近衛隊だって夢じゃなかったはずだ。魔法も優れている。きっと国王はお喜びになっただろう。
隊長の死にどうすることもできなくなった数名の隊士は、その場にしゃがみ込むものもいれば、構えた剣を下ろすことができずにいたものもいた。
化け物を見るかのような目でイブを見ていた。
イブはそんな彼らに背をむけ、隊士の首に突き刺さったままの自分のナイフを引っこ抜いた。
そして振り払ってナイフの血を地面に叩きつけた。薄く赤く耀く銀ナイフは、きっとまだ魔具としての本性を一片も見せていないだろう。
イブのその様子を、固唾を飲んでみんな見ていた。
「どうする?」
イブは振り返って隊士たちを見た。
彼らは怯えたようにイブを見ていた。
自分たちより年下の彼の一挙手一投足に怯えているようだった。
「お前らの命令はこの首を取ることだろう?」
イブはナイフを強く握っていた。
「手ぶらで帰ることを、お前たちの王は許すのか?」
その顔は慈悲なんて全く知らない狩人の目だった。
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