第6話 遺言
スラム街に行く途中、ヨウは私の腕の中で眠っていた。
最初は人のなりだったけど、途中可愛い犬になっていた。犬は飼ったこともなく、犬種までは解らなかったが、ヨウの髪色と同じ、茶色の毛だった。
きっとこの子も魔法使い。もしかしたらあれも魔女狩りの一環なのかもしれない。だが魔女狩りに五大公爵家も関与していたなんてショックだった。ヴィブラスト家も、私の預かり知らぬところであのような非道を行っていたのだろうか。今となっては確認する術もない。
それにしても動物に変身できるなんて聞いたこともない魔法だ。相当魔力がないとできない芸当。
きっとこの子も苦労する人生なのだろうな。
私たちはジーンが跡形も無くなるまで燃えた後、しばらくその場で放心していた。夜の空気が冷え込んできて、私はやっと我に帰った。ヨウは着ていた上の服が結構燃えていたので、私がスラム街でもらった上着をヨウに着せた。
「……ヨウ。帰る家はある?」
ヨウは骨も残らず、すでに冷え切った、真っ黒に焦げた床が撫でながら頷いた。
「その場所は、あなたにとって本当に帰りたいと思える場所?」
ヨウは頷いた。涙を流しながら頷いた。
「帰りたい……ジーンと一緒に……」
黒くなった床を触ったヨウの爛れた手は、真っ黒な墨がついたように黒く染まった。
そのままでは化膿してしまう。
「ヨウ。あなたを家まで送るわ。私にはあなたの手をすぐに手当てしてあげられるお金も道具も無い。私から親御さんに事情を説明するわ。お家の場所は言える?」
「……ヴェルメリオファミリー……」
ヨウそう言って、床に額をつけて声にならないほど涙を流しながら叫んでいるようだった。
ジーン。炎呪を使う貴族に狙われるほどの存在。きっとこの子に関わることですら、私にとってもきっと不利益なのかもしれない。だけど私はこの子を置いてこの場を離れるという想定はこの時全くなかった。
きっとこの子はこの場所で泣き続けるから。涙が枯れ果てたって、ずっと叫び続けるのだろう。ヨウにとって、ジーンあなたは、きっととても大切な人なんでしょう。
私はヨウを抱き上げて、その場を離れた。
ヨウは最初ジーンの最後の場所を目に焼き付けるように息を詰まらせながら見ていたが、見えなくなるほど遠くなると、電源が切れたかのように動かなくなった。
その目は虚ろで、どこか別の世界を見ているみたいだった。
自分の手のことなんて微塵も気にしていない。
私はヨウが最後に呟いた、ヴェルメリオファミリーという言葉だけを頼りに、スラム街に再び足をすすめた。
3つのファミリーが縄張り争いしているところ。おそらくスラム街に行けば何か手がかりがあるだろうと、深く考えずに歩き出した。
ヨウを抱えて歩く道は、前に行った時よりも大変で、どんどんペースが遅くなっていくような気がした。でも歩いているとなぜだが苦しいのが和らいだ。止まった時や休憩した時に急に悲しみが込み上げてくるのが怖かった。
だからひたすら歩いた。
歩いていると何も考えずにいられた。だから止まれなかった。
「あの……ヴェルメリオファミリーという言葉を聞いたことはありませんか」
私は街の中心街、みんなが楽しく飲み食いしている中で、人当たりの良さそうな女の人にそう尋ねた。
「もちろん知ってるけど……大丈夫?顔が真っ青だわ」
「この子を送り届けたくて……どこに行けばいいのか教えて下さい」
「もちろんよ。一緒にいきましょう」
女性はとても優しくそう言ってくれた。薄手の服を着る私に、自身の上着をかけてくれた。
「こっちよ」
「あそこよ」
私は彼女の後ろをほぼ彼女の高いヒールを見ながら歩いていた。
疲れた。
顔を上げると、立派な屋敷があった。
もう周りも暗いが、広く、大きな庭のついた貴族を思わせる建物だった。
その周りには黒いスーツをきた男たちがたくさんいた。
「私もここの場所しか知らないんだけど……中に知り合いもいないし。……どうする?一緒に行こうか?」
私はお辞儀をした。
「ありがとうございます。十分助かりました。上着も……ありがとうございます」
「いいのよ。それ上げるわ。安物だけど丈夫だし。困ったらさっきの場所にいらっしゃい。私あそこで踊り子をしているから」
女性はそう言ってきた道を戻っていった。
ここの人たちは当然のように私を助けてくれる。
なんて温かい場所なんだろう。
私は何もできなかったのに。
私が門扉の方へ近づいていくと、先ほどまで談笑していたスーツの集団は黙って私を見た。
「お嬢さん。ここに何かようかな」
私はそう言われ、立ち止まって彼らに向かって言った。
「この子の帰る家を探しています。こちらはヴェルメリオファミリーで間違い無いでしょうか?」
私が抱っこしているヨウの寝顔を見て、彼らは「ヨウ!?」「良かった!帰ってこないから心配していたんだよ」「ランさんにこのこと至急で伝えろ」などと安心しているようだった。この場所で間違いなさそうだ。
「お嬢さん。この子を保護してくれてありがとう。今日は冷えるし、もう夜も遅い。中で休んでいってくれ」
気の良さそうな人たちだった。
ヨウを起こさないように静かにヨウを持って行った。
私はなんて残酷なことをこの人たちに告げなければならないのだろう。
「あの……ここにイブという名前のお方はいるでしょうか。その方に……どうしてもお伝えしなければならないことがあるのです」
私がそういうと、彼らの私を見る目が変わった気がした。
急に警戒の色を出した。中には胸ポケットや腰に下げた剣の鞘に手を添えるものもいた。
イブ……何者なのだろう。このファミリーの中で偉い人なのかな……。
「申し訳ない。彼はこのファミリーの幹部だ。アポイントなしで会える相手じゃない。それから……やはりここじゃ男が多くてむさ苦しいだろうから、いいホテルを紹介するよ」
名前を先に出したのは軽率だったのだろう。
だか、だからといって私は伝えるべきことは変わらない。相手が変わっただけだ。
「ホテルは結構です。伝言をお願いできますか?」
スーツの男たちは安心したように、「それくらいならお安い御用だ」と言った。
「先ほど、5代公爵家の一角、ブレイズ家の炎呪によりジーンという少年が焼殺されたことを、皆様にお伝えください」
私のその言葉に、あたりは急に音をなくしたかのように静まり返っていた。
「ヨウはその時の炎で手にひどい火傷を負っています。早く手当をしていただきたい。それと____」
私が言いかけている途中で、スーツの中の一人は私の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「ふざけるな!!何言ってやがんだ!!ジーンが死んだだと!?」
その言葉に続くように、「こいつこんな身なりだけど貴族じゃないか!?炎呪について知ってるし、ヴェルメリオファミリーを陥れようとしてる王家派閥の人間かもしれない!」「捕まえるか」なんて言葉が聞こえた。
私は、そんなんじゃない。私はただ____。
「何してんだ!」
その声に、黒いスーツの集団は口を閉じて、皆彼に向かって頭を下げた。
私もその声の持ち主には身覚えがあった。
初めてこの街に来た時、私に上着をかけてくれた男の子。
「寄ってたかった女の子に……」
呆れたようにそう言う少年に、スーツの男は「イブさん……」と申し訳なさそうにそう言った。
この人が……イブ。
「ごめんね。悪い奴らじゃ無いんだけど……最近疑心暗鬼に駆られてしょうがない。駄目だな。こんな時でもしっかりしないと、ヴェルメリオの名が廃るってのに」
私、あなたが掛けてくれた言葉が嬉しかった。気にかけてくれる心遣いに感動した。上着をかけてくれて嬉しかった。
今私に向けてくれるその笑顔が、影を落としてしまうことが……苦しい。
「まただ」
少年はまた私の頭の上に手を置いた。
「また泣いてる。昨日も会ったね。もう大丈夫だよ」
その優しい言葉の後、スーツを着ている男たちは、言いにくそうに「あの……この女ジーンが炎呪で死んだとかほざいてて……」と言った。
驚いたような表情をした。横顔だけでもわかる。
信じられない。そう言わんばかりの顔。
私に向き直り、私の目を真っ直ぐに見た。
私は何もできない。何もしてあげられない。誰も助けてあげられない。
だからせめて、伝えないと。
『イブ。僕だけの魔法使い。みんなのこと、頼んだよ』
声が震えた。涙が溢れて頬を伝っていく。届いて。最後の言葉を、思いを。信じて。
イブは私の肩を掴んだ。
首から垂れるように地面を見ていた。
彼は何か葛藤しているように、その手が震えていた。
「どこ……?」
彼は絞るかのようにそう発した。
「え……?」
「どこで燃やされた!?」
大きな声に驚いたが、彼は私の言葉を半信半疑にも受け取ってくれたのがわかる。
「王都の……外れの廃墟よ」
彼はそれを聞き走り出した。
王都の方向へ。自分の目で確かめにいく気だろうか。
でもあそこには……もう何も残ってはいない。
きっとそれを伝えられていたとしても、彼は走っただろう。
ジーンのために。
「イブ!?まさか信じるのか!?」
スーツの男は彼を呼び止めるようにそう叫んだが、イブは振り返らず走り去っていった。
「炎呪で死んだのはこれで35人目だ。明日は我が身。この女の子の話を嘘だと決めつけるのは、お前が現実逃避してるだけだ」
屋敷の方から何人かこちらに来ていたのを気づかなかった。赤いドレスの女の人、今声を上げた金髪の青年、波打った髪の気だるそうな隈の深い男性。
「ですが!まさかジーンが……まだ15なのに……幹部でも無いのに……」
「今までも幹部と名の知れた構成員が標的になっていただろう。ジーンはヴェルメリオファミリーの中核メンバーだ。それを撃つのは敵としてまっとうだ。向こうだって無尽蔵に人を呪えるわけじゃ無いんだから」
冷静にそう言い放ってはいるが、この人もまた、彼の死をひどく動揺しているようだった。彼の立場が泣くことを許していないように見えたが、彼は私を見て優しく微笑んだ。
「ありがとう。勇気あるお嬢さん。こんなマフィアの巣窟に単身で乗り込んでくるやつなんてそうそういないよ」
私の背中をさすってそう言った。長身で短髪の金髪、ピアスが沢山ついていて初めて会う人種だったが、不思議と怖さは無くなっていた。
「信じられない!!そんな……ジーン!!」
中には現実を受け入れられずにそう嘆くものもいた。
「炎呪は骨も残らない。この子の言葉が信用できないなら、起きた時ヨウに聞けばいい。あの子も見たんだろう。ヨウは自分のことじゃ泣かない。そのあの子が泣いたんだ。よっぽどのことがあったんだろ」
「そんな残酷なこと……聞けるかよ……」
私は赤いドレスの女性に手を引かれた。
「大変なことに巻き込んでしまったわね。ごめんね」
申し訳なさそうに、悲しそうな顔をしていた。
「さあ!中に入って!冷えたでしょう。お風呂沸かすわね」
「エリナさん!いいんですか……?」
「大丈夫よ。いつも飲み屋で会った知らないおじさん入り込んでるじゃない。いいでしょ、ケビン」
隈の深い男性は私を全身を目で捉えながら、「ああ。構わない」とぶっきらぼうにそう言った。
建物の中はヴィブラスト家よりも豪華で、中には沢山の人とすれ違った。
黒いスーツを着ている人、メイド、料理人。
エリナという人に、「この部屋を使って。中にお風呂もトイレもついてるから。今着替えを持ってくるわね」と言われた。部屋の中も綺麗に整頓されてて、自分の部屋を思い出す天蓋付きのベッド、ドレッサー、机、テーブル、本棚が備え付けられていた。
私はベットに腰掛けた後の記憶がなかった。
目を開けると朝だった。ベッドから半開きのカーテンから覗く光を見て何とも言えない気持ちになった。
隣にはエリナが寝ていた。小さな寝息を立てていた。
私は貴族だった頃、布団に入ってこのまま目覚めなくていいと何度も思っていた。
平民になってからは、そう思うことは無くなった。
全て自分次第。それは自由で、責任は全部私で、怖かったけど、自分のやりたい放題生きていた。
こうして知らない天井で目を覚ますたび、私は生きていると実感できた。
ジーン。あなたはどうだったのだろう。
少しして起きたエリナと、一緒にお風呂に入り、エリナの服を貸してもらい、その後大広間に向かった。
「ヴェルメリオファミリーはその時いるみんなでご飯を食べるのよー」とエリナは私の手を引きながらそう言った。
大広間に入ると、中にはちらほらと人がいた。みんな口数が少なく、静かな印象だった。
沢山のテーブルと、それを囲むようにあるソファ。バイキングのように料理の並ぶテーブルから好きなだけとって、好きなテーブルに座っているようだった。
エリナは「取ってこようか?好き嫌いある?」と聞いた。私が横に首を振ると、「じゃあ好きなところに座ってて」と料理の方へ歩いて行った。
私はブロンドの髪の男性が茶色い毛の犬を抱きしめ、撫でているのが目に入った。
私はその2人がいる所の前で止まった。
「ヨウ。あなたに言いたいことがあるの」
私がそういうと、ブロンドの男性は驚いた顔をした。ヨウは、私の方を見て、しょぼんとして様子のままだった。
「あなたには力があるわ。他の魔法使いでは比べ物にならない、止めどなく溢れ出る魔力を感じる。あなたはきっと……創世の魔法使い。『魔力操作』の魔法は今あなたの手の中にある」
その言葉にヨウは驚かなかった。きっとそれは本人も知っていたことなのだろう。
「炎呪は血縁者の命を代償に焼殺させる相伝魔法。でもデメリットとして自分より魔力の強いものには魔法を行使できない。だからきっとあなたは大丈夫。その奇跡があなたを助けてくれる。きっとそれはヨウ……あなただけじゃないわ。その魔法が創世の魔法使いたる所以は、他の……全く魔法を使えないものにも魔法の力を行使させることができるから。もしあなたの守りたいみんなに、あなたの魔力が分け与えられたのなら、それがブレイズ家当主よりも強いも力なら……。彼はもうなす術はない。あなたは守れるはずよ。あなたが大切に思っている全てを」
ヨウはそれを聞いて戸惑っている様子だった。
「あなたはまだ小さいわ。魔力も安定していない中で、こんなこと言われても困ると思う。でも忘れないで。今はできなくても、いつか大きくなった時、あなたは全然無力じゃない。ジーンが自分の命より大切にしてたあなたを、あなた自身が蔑ろにしないで」
ヨウは瞬きの間に人間の姿になっていた。私の話を真剣に聞いていた。
「大丈夫。きっと守れる強さを、あなたの神様はあなたに与えてる。腐らずに、泣き止んだら歩き出すのよ。私何もできないけど、いつか大きくなったあなたが忘れても、何度だってあなたに言うわ。ヨウ……ジーンはあなたとずっと一緒よ。一人じゃない。守ってくれるわ。きっとずっと」
ヨウは人の姿で、私の言葉を泣きながら聞いていた。そして強く頷いた。
ヨウは私から視線を外し、部屋の入り口で立ち止まったイブを見た。ヨウはイブの方に駆け寄った。
イブにも今の話が聞こえていただろう。イブはヨウに空元気だけど笑顔を見せた。
「イブ」
ヨウはイブの腰に抱きつき、顔を見上げて言った。
「ジーンから伝言」
イブは表情を変えることなく、笑顔のままヨウの言葉に「うん」と言った。
「僕だけの魔法使い。みんなのこと、頼んだよ」
私が伝えた言葉と全く同じ言葉。イブは深いため息をした。それは震えて泣き出してしまいそうなほど深かった。
もうこの世界のどこにもお前はいないんだな。
そんな想いの感じられるものだった。
「僕もなる」
ヨウはイブの顔を掴み、自分の顔の方に向かせてそう言った。
「みんなを守れるように僕も戦う!イブのことも守ってみせるから、もう泣かないで」
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