第5話 炎呪




 王都から出ようとした街外れに出たところで、「うああぁぁ!!」と叫ぶ男の子の悲鳴が聞こえた。

 その声にたじろいだが、すぐに「誰か!」と叫ぶ別の声も聞こえた。私は考えるより先に足が声の方へ動いていた。

 緊迫した様子、自分たちではどうしようもできない様子が伺える声だった。おそらく2つの声は二人とも若い男の声。

 声の主は建物の中のようで、ドアの無い、窓も朽ちた廃墟の二階建ての建物のようだった。

 外からでもわかる。火事のような熱気。

 中には燃えている少年と、それに縋る男の子がいる。

 不思議なことに、建物や周りの物は一切燃えていなかった。

 私は外に置いてあった雨水の溜まった桶を持って燃えている少年の全身めがけてかけた。

 だが水は彼に降りかかるより先に蒸発して蒸気だけが私に浴びせられる。


 なんだろうこの火……この燃え方……おかしい。

 魔力を感じる。一切の妨害を受けないような、この炎はまさか……。


 炎呪。五大公爵家の一角、ブレイズ家の所有する相伝魔法。炎呪は血族の命と引き換えに、使用者より魔力量が低い人間を焼殺することができる魔法。この魔法は王家により厳重に管理され、使用は王家の許可制になっていたはず。もしもその呪いにかけられたのなら……。


 私はこの人を、救うことができない。


「助けて……」


 燃えながら、懸命に、強い意志を持つ目で私にそう訴えかける。


「この子を……助けて……!!」


 燃えているこの少年は自分の命が助からないとわかっている。

 この少年に縋る10歳くらいの男の子だけでも救ってほしい。それが、この少年の望み。

 私は強くうなづいて、燃え盛る少年に抱きつく男の子を引き離す。

 男の子は泣きながら「ジーン!ジーン!」と繰り返し叫び、燃え盛る少年の胸に飛び込む勢いだったので、私はただただ強く抱きしめる他なかった。


「ジーン!死んじゃやだよ!ジーン!!」


 泣いて叫ぶ男の子の手は火傷で爛れていた。

 燃える少年は先ほどとは打って変わって穏やかな表情だった。

 自分の命より、この子の方が大切で、守りたかったのだ。だからこその表情なのだと思った。


「ヨウ……大丈夫だよ……ずっと見守ってる」


 何も大丈夫じゃない。もう熱さで何も感じていないはずだ。

 私はまた何もすることができないんだ。なんて無力なんだろう。


「イブ」


 ジーンは寝言のようにそう呟いた。

 ヨウはその声に、黙ってジーンを見た。


「僕だけの魔法使い……みんなのこと……頼んだよ……」


 その言葉を残し、動かなくなった。皮膚が爛れていく、肉の焦げていく匂い。

 私は黙って見つめているヨウの顔を自分の胸に抱き寄せた。

 もう何も見て欲しくない。私だけが見ておく。

 ジーン。あなたの最後と、その言葉、イブに伝える。それがきっと私にできるあなたへの唯一だから。

 どうか安らかに。



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