第4話 魔女狩り




 私は朝起きて、教会の神父様に泊めて頂いた礼を告げ、朝ごはんにとくれたパンを持って王都に走った。

 あのおばあさんに、子供たちに、みんなに言いたかった。

 あの街はスラム街なんかじゃない。王都の方がずっと地獄のようだ。あっちに行けばみんな美味しいご飯が食べられる。

 無我夢中で半日歩いた先で、王都にいる間一度も見かけなかった警務部が列を作り市民たちに静観されながら王城の方に歩いて行った。

 彼らの姿が見えなくなってから、市民たちは堰を切ったように話し出した。


「私たちがこんな暮らしを強いられてるって言うのに、王様は魔法使いのことしか考えてないなんて……」「あんな年老いた老人に……なんて酷いことを」「若い女の子だったらもっと悲惨な最後になっていただろうね……産めなくなるまで孕まされて、最後は処分されるんだろう」「この国はもう駄目だ……」


 みんなが口を揃えて見る先には、老婆の凄惨な遺体があった。酷いことに、胸をひとつきにされたあと、首を切られていてあたりは血まみれだった。

 

 あの方は私がスラム街に行こうとしてくれた時助言してくれた方。

 目を見開いたまま、天を見つめて死んでいる。


「魔女狩りだ」「なんだよそれ……」「この国は魔法使い優遇の世界だ。魔法は貴族や皇族の証のようなもの。それを平民が手にすることが許せないんだよ」「だから殺すのか」「それだけじゃない。男は即処刑。女は貴族の公妾として扱われて、用済みになったら処刑」「なんだよそれ……」「生まれた子供は一生王家の奴隷同然」「魔法が使えたとしても、絶対に誰かに言ってはいけない」「そうだ。情報を警務部に売れば大金をもらえる」「あの婆さんは売られたのか……」「自分が生きるために……人間はどこまでも残酷になれる」「ここで長生きしたところで、待ってるのはあの婆さんとさして変わらない最後だろうに」


 私は色んな人の言葉が右から左の耳へ抜けて行ったが、私の足は再び王都から離れて行った。

 もしも……魔法を使ったところを誰かに見られていたら?

 私も同じ目に遭っていたかもしれない。

 いや、そんなことどうでもいい。

 この国は、魔法使いの国。でもそれは国民あっての国。私たちは神から授かったこの奇跡を、民の安寧と繁栄のために行使し、その代償として国を収める。それが貴族の務め。

 じゃああれは何?

 人がなんの尊厳もなく路上で殺され、見せしめのように死体を放置する。

 私が信じてきた世界は……この世界は……なんでこんなに恐ろしいの。



「メイ様。この国は魔法を持たない隣国との貿易は最小限。人の出入りも年々厳しくなっているのです。きっとあなたが将来外に出るとしたら、それが許されるのは王妃になって外交をする時くらいです。きっとあなたは初めてこの国の外を見るでしょう。その時あなたは気づくはずです。この国がもう、取り返しのつかないところまで来ていることに」


 家庭教師は空き時間に雑談した時そう言っていた。そしてその責任は、次期王太子妃である私が負うことになるだろうとも。だからこそしっかりこの国を見てほしいと。

 民の怒りと悲しみと、不安と絶望。その全てを、王になるアラン殿下と二人で負うことになるのだから、二人は支え合わなければならない。きっとそんな日が来てしまう。だからこそ、愛はなくとも歩み寄ることを諦めてはならないと。


 今、その言葉の意味がわかる。

 特権階級に固執した王家と貴族、生きることさえ許されない平民の魔法使い、見放されたも同然の市民。

 私の妹は魔力そのものがない。それでも彼女は温かい家で、綺麗な服を着て暮らしている。それが許されるのに、なぜ魔法使いが平民として生きることはできないのだろう。

 私はこの国の妃になるべく教育を受けてきたのに、どうしてこの国の真実に気づかなかったんだろう。

 私はアラン殿下やジュリ様、家族がうんざりだった。貴族としての享受より他の世界で生きる方がマシだと思った。

 現実はどうだ。

 平民がここまでの生活を強いられてるなんて思わなかった。

 魔法使いであることがこんなに怖いと思ったことはない。

 なんで命まで奪わらなければならない。

 間違ってる。この国の全てが。


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