第11話 あなたの笑顔が嫌いなの
「呑気なものだな」
その冷え切った声は懐かしささえ感じた。
「国の有事に茶会か。自分の身分も忘れて貴族とテーブルを共にするなど、お前たちにも貴族として誇りはないのか」
アラン殿下の登場に、皆立ち上がり会釈をした。
それが彼女たちの作法だ。
私はそれを座ってみていた。
「おいおい!平民になって偉くなったな!私に挨拶もないのか」
私に向けてそう笑っていた。
隣には無邪気を装い笑うジュリ様がいた。
私は立ち上がって貴族のように振る舞った。
「もう良い。お前には失望した。親に勘当されてその地位をドブに捨てるなんて」
令嬢たちは冷え切った笑顔でアラン殿下を見ていた。
「だが平民の暮らしは酷だろう。私がヴィブラスト公爵に取り計らってやろう。メイ、其方もあまり親を刺激するものではない」
「平民の暮らしは酷。それがわかっているのならば、殿下が手を差し伸べるのは私ではなく国民であるべきです」
私の言葉に殿下は表情を変えた。
「お前はいつも私に口答えする!私の寛大な措置を蔑ろにするとは!どこまで落ちぶれたら気が済むのだ!!」
その怒鳴り声に流石の令嬢たちも萎縮したように身を震わすものがいた。
ジュリ様は顔面蒼白だった。自分が言われたわけでもないのに、唇はごめんなさいと声にならず動いていた。きっと私がいなくなってから、殿下のストレス発散相手はジュリ様になっていたのだろう。
「平民になることは落ちぶれることですか。あなたに助けて頂かなければ私は何もできないとお思いですか?」
「できるだろうな!お前は母上に気に入られている!私に頼むまでもなかったな!」
「はい。ですから心配無用です。私は今の状況に何の不満もございません」
殿下は握り拳を強く握りしめていた。
「殿下におかれましては、ご婚約おめでとうございます。ジュリ様」
私がジュリ様に呼びかけると、彼女は自分の名を呼ばれたことにとても驚いた様子で私の顔を見た。
私はずっと嫉妬していたの。男爵令嬢という身分が、殿下と出会うためだったとのたまうあなたに。いつも見せつけるように殿下に縋っていたあなたに。
「私も沢山の恋をしました。片手では足りないほど!」
私のその言葉に、ジュリ様は言葉を失っていた。
アラン殿下は口を開けて呆けていたが、すぐにハッと我に帰った。
「恋だと!?馬鹿馬鹿しい!」
「初めて人を好きになって、私だけを見て、大切にしていただけることが何よりも嬉しいと感じられました」
アラン殿下はギリギリと歯を軋ませ、ジュリ様は「メイ様は……時期皇太子妃であらせられるのに……」と震えてアラン殿下の顔色を伺っていた。
「ですが、私はたった1人、代えのきかない恋をしてしまいました。もうその方なくては生きてはいけません。私その方と……結婚します!」
ジュリ様は今にもひっくりがえりそうだった。あなたにもわかったでしょう。アラン殿下は身分以外であなたに利益など与えないと。
「ジュリ様、アラン殿下。お二人を見ていたからこそ、私は家を出て身分を忘れた恋をしたいと思えたのです。お互い末長く幸せでいましょうね」
嘘をつきすぎて笑いが込み上げそうになるが、私の侮辱され続けた学生生活の腹いせに、しばし学友たちにも面白いものを見せて差し上げよう。
「そんなもの認められるか!!其方の婚約者は私であるぞ!!」
殿下はわなわなと震え、今にも噴火しそうな赤く染まった顔で怒鳴った。
その姿に、令嬢たちは先程のような萎縮などなく、哀れそうに殿下を見ていた。
「私は平民です。ヴィブラスト家から除名されて、殿下との婚約は破棄になっているはずです」
「民ならば私の言葉は絶対である!そんな話許されるわけがない!!」
「アラン殿下ってばご冗談を。先日ジュリ様とのご婚約を皆様の前で発表されたばかりではないですか」
ヴェール様は怖いもの無しにそう言った。
「ジュリ様が羨ましい。殿下といつも仲睦まじく学校にいらしたでしょう。今の時代、やはり自由恋愛ですわね」
挑発が過ぎると思ったが、ヴェール様は怖気ずく様子なく公爵令嬢として雑談のようにそう言い放った。
流石の鋼の心である。
「ジュリ様聞いてくださいまし。メイ様のお相手は眉目秀麗、高身長、なんと平民ながら大変素晴らしい魔法使いで、頭もよく、民のために共に戦うヴェルメリオファミリーの戦友なのだとか。やはり同じ志なくては引かれ合うものなどございませんわね」
ヴェール様!?適当なことを言い過ぎではないだろうか。ちょっと仕返ししてやろうと思ったが、そこまで私に乗ってこなくていいのに。
でもヴェルメリオファミリーのみんなは恋というより家族に近い気がする。でも例えばそれは誰が当てはまるだろうか。みんな高身長だし、頭もいいし、魔法使える人多いし。当てはまらないのはイブとヨウか。
アラン殿下がワナワナと震えているのを、ジュリ様は今にも気絶しそうな様子で震えていたので、ちょっとやりすぎたと反省した。
ヴェール様や令嬢たちは、このくらいがちょうどいいと言わんばかりの笑みだった。
「ではその者を来月開かれる城のパーティに連れてくるがいい!」
私たちはアホ丸出しの殿下のお言葉に、不覚にも口を開けて呆れてしまった。
「其方に見合う者なのか見定めてやると申しておるのだ!」
あたなにどの権利があるというのだよ。
言っても仕方ないと思った。
「彼氏にそう伝えますが……シャイなので断られると思います」
そんな彼氏はどこにいるのだろうと思いつつ、逃げる算段をつけておく。
「招待状を送らせる!見合う者ではなかった場合……逃げた場合も処分する!!」
絶対に殺されちゃうわ……。
どうしましょう……。
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