第10話 学校
私は学校に行った。
理事長は学友の手紙にあったように、私を見て喜んで迎え入れてくれた。
教室に行くと友人たちが涙ながらに声をかけてくれた。
「メイ様……私も父上から魔女狩りのことを聞いてショックでしたわ」「ええ。魔力のない貴族が許されて、魔法を使える市民が許されないなど言語道断!」「国民あっての貴族。メイ様がお心を労るのは必然。我々も何なりとお力添えいたしますわ」
私は公爵令嬢だったから顔は広かったが、みんな平民となった私にも、今までも全く同じ距離感、立場で話しているようだった。
王妃様に気に入られているとはいえ、ここまで変わらないものかしら。
「ありがとうございます」
学友たちは、みんな淑女として完成されていて、どこまで本心なのかリベルダの人たちと比べて見極めずらかったが、公爵令嬢であった時から何も変わらないその態度が全てだと思った。
立場など関係ない。
彼女たちは自分たちが貴族たる所以を心得ている。
国民あっての貴族。まさにその通りだ。
私は貴族として生まれた。その責務は豊かで平和な生活を全ての民が一定水準で享受すること。そのための身分であり、そのための一族なのだ。
彼女たちに比べて、私はなんて愚かだったのだろう。
家に居場所がないこと、アラン殿下が色欲に現を抜かしていること、全てのことに意味を見いだせず、自分にしかできないことを求めて家を出た。
彼女たちはどうだろう。私と似た境遇の方が何人いるだろう。きっとほとんどがそうなのだ。それでも彼女たちは絶対に不平不満を表に出さないだろう。品格を保つことだって、貴族の勤めだ。
みんな抱え込んで、悩んで、それでもそれを人に悟らせない。
私は幸せそうなお父様やお母様、妹に嫉妬していたんだ。
私も幸せになりたい。素敵な家庭に生まれたかったと。
私はアラン殿下とジュリ様に嫉妬していたんだ。
私も素敵な殿方と恋がしたい。身分も忘れて立場も忘れて自分の全てを受け入れて欲しかった。
それが許されると思っていた。
家族やアラン殿下がどうであろうと、私が貴族であることに何も変わりはなかったのに。
「皆様は、この国のために私がどうあるべきだと思いますか?」
私のその質問に、皆表情には出さなかったが、誰も言葉が出てこないようだった。
「ごめんなさい。客観的な意見が聞きたかっただけですの。困らせてしまいましたね」
私がそう謝ると、皆慌てて、「滅相もございません」と口を開いた。
「メイ様」
学校で一番多くの時間共にいたヴェール様は、私に向かって貴族としてではない、友人としての顔で笑いかけた。
「立場が変わっても、民を想い守るあなたは、やはり時期王太子妃に相応しいと思います」
ヴェール様は貴族の中でもその美貌で上位に入るほど美しい女性だった。そしてそれを全く鼻にかけるところがなかった。二人でいる時はいつの間にか貴族でいることを忘れることが多かった。
「ですが、アラン殿下は代わりに婚約したジュリ様にとても冷たく接しており、まるで人が変わったようにメイ様を探しておいででした。きっとあなたの気を引きたくて、ジュリ様をそばに置いていたんでしょう。ジュリ様もそれに気づいたのかとてもお辛そうで……。国王はアラン殿下の粗暴に嘆き、今までアラン殿下が行っていた政務を、アラン殿下の妹君であらせられるヒーラ様に全て任せるほど、アラン殿下への信頼は地に落ちたと言っても過言ではないはずです」
ヴェール様がここまで言うのだ。王位継承権の序列は適正や資質で後からどうにでも変わる。今はアラン殿下の方が序列が高くとも、今後ヒーラ様に分が上がることだろう。
「そうなればアラン殿下に嫁ぐことは国にとって理はあるでしょうか、メイ様にとって当初約束された地位より価値が下がるかと」
他の令嬢はズバズバと本音を言うヴェール様を少し心配そうに見ていた。
「さらにいえば国は傾きかけています。それより未来のあるリベルダに投資し、より良い社会になったところで移住する方が、我々貴族にとっても安心です。貴族とリベルダには確執もありますでしょう。メイ様が仲立ちしてくださるのであれば、それも容易に行える」
それは聞いて感心する意見だった。みんなもそう思っているのか、ほうと感心する様子だった。
「さらに付け加えるのであれば、占いを得意とするトニトルス家の夫人が、この前のサロンで、この先の国運はメイ様が全てを担っており、彼女がとる選択によってこの国とリベルダの運命が決まると。そしてそれはそう遠い未来の話ではない。そうおっしゃっていましたわ」
トニトルス家……ハイドとケビンの生まれた五大公爵家ね。
「それは私もこの耳で聞きました。ローラン夫人はその占いを外したことがないことで有名です。しかも相伝魔法で、その未来は決定事項」
他の令嬢が付け加えるようにそう言った。
だから誰も私のいるリベルダに手を出してこないのだ。
今私を攻撃すれば、私は確実に国を見捨てる、そう思っていてくれているのなら儲けもの。
王妃様もそれを知っていて、あのような手紙を出したのでしょう。
でも王妃様の手紙は温かみがあった。
普段話していた時よりも、本音というか、ありのままを言葉にしているような感じがした。国のため、それだけであの手紙を出したのではないのだろう。
「メイ様、あなたのお心次第だと、王妃様は昨夜のパーティでおっしゃっていました。だた……」
「ただ?」
「散るのなら、花火のように爽快に壊してほしいとのことでした」
洒落にならないことを……。
みんなそれを聞いて笑っていた。
王妃様は実力主義。ここにいるみんなはお気に入りだからそんな冗談も口にしたのだろう。
私にできることはあるだろうか。
でも私には今、しなければならない使命ではなく、心からやりたいと思えることができた。
貴族としてではなく、ただのメイとして。
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