第14話  パーティー




「メイ様!!」「良かった。ご無事だわ」「本当にお美しいわ。今日のドレスは一段と華やかね」「あら。隣にいる殿方が例の婚約者かしら」「端正なお顔ね!凛々しくて隣にいると絵になるわ」「平民ながら相当の魔力をお持ちらしいわよ」「メイ様のお眼鏡に叶う方ですもの。きっと大層立派なお方なのでしょう!」


 私の隣を歩くカインは、付け入る隙のない笑顔ではあったが、「メイの婚約者って大変だな」と小声で呟いた。


「そんなことないですわ。カインならきっとうまく立ち回るでしょう」


 私が小声でそういうと、カインは「アラン殿下も大変だったんだろうな。自分より遥かに優秀で、みんなから一目置かれているメイに置いて行かれないために」と殿下に同情しているようだった。


「君の気を引きたい。みんなに認められている君に求められたい。それでしか殿下は自身を慰めることができなかったんだろうな」


 カインはアラン殿下に会ったことがないはずだが、これまでの行動と愚かな言動からそう推測していた。

 それで自分を高めようとしないところは、アラン殿下らしいけど。

 カインは「話しかけられたら学がないことがバレるからフォローよろしく」と笑顔でそう言った。

 今のヨウと同じくらいの時に、炎呪の対価になることを恐れたカインは、家を出ることにしたのだ。ハイドは共に貴族としての地位を捨てて、二人でヴェルメリオファミリーに入ったらしい。その時すでにファミリーであったケビンの紹介で。カインとハイドはよく一緒にいるところを見るが、彼らも長い付き合いなのだろう。身分を捨ててまで共に逃げてくれるなんて、ハイドは本当に優しい人だ。


「もしかしたら、私たちはこの王城ですれ違っていたかもしれませんね」

「だとしても五大公爵家のメイに話しかける勇気は俺になかっただろうけど」

「あら?カインだって五大公爵家じゃない」

「確かに……」


 私たちが互いの顔を見合って笑っていると、怒りを滲ませた顔のアラン殿下がジュリ様を引き連れてやってきた。


「その者が……」


 怒りを隠そうともしないアラン殿下。

 カインの顔には「短い人生だったな……」と言いたげな笑顔があった。


「はい!私の彼氏ですわ。結婚しますの。この……カイン・ブレイズ様と」


 私のその言葉にアラン殿下だけではなく、あたりにいた者皆が驚いているようだった。

 アラン殿下が動くとただでさえ目立ってしまうと言うのに、予め皆に修羅場があると公言しているようなものだったので、本当にみんなの注目の的だった。


 カインという名は、子が多く、もう10年も前に除籍された者とあって、あまり認知度はないかもしれないが、みんなブレイズという名にはしっかり反応しているようだった。

 五大公爵家の一つ、炎呪のブレイズ。

 その魔法は国の許可なく発動することが禁じられた恐ろしい魔法だ。

 みんなそうはわかっていても、ブレイズ家当主、イグニスには誰も逆らえずにいた。


 混乱の中、観衆をかき分けてでもこちらに近寄ってくる足音があった。

 私たちのターゲット。

 黒い髪に、鋭い目つき、赤い目。この方が、ブレイズ家当主、イグニス・ブレイズ!!

 この男が……ジーンを殺した男。


「……カイン……覚えているぞ……。お前は私の子供の中で唯一、炎呪を受け継ぐ資格のある、炎を灯せる者だった」


 カインの顔から笑顔はとうに無くなっていた。

 ただただ目の前の男を、睨むでもなく、受け入れるでもなく、見ていた。


「お前は死んだと聞いていた……それを何度心痛めたことか……」

「母に頼んだのです。今は既に処分された私の母が、私を自由にしてくれました」

「自由だと……?私はお前に全てを与えることができたのに」


 ボスの言葉を思い出した。


 必要だと思ったのなら殺せ。

 この人はジーンを殺した。

 この人はヴェルメリオファミリーの人間を何人も殺した。

 そしてそれを王家も許可した。

 イグニスに手玉に取られるなど王家は自ら恥を晒しているようなもの。


 許せるのか。

 こいつを。

 王妃様を。

 ここにいる全てを。


「嘘ですね。私が炎の魔法を使えると知ったその日に、あなたは私を炎呪の椅子に座らせたじゃないですか」


 イグニス・ブレイズは睨むようにカインを見た。


「たまたまその日呪った人間があなたより魔力が強かった。だから私は命拾いした。だから私は逃げたのです。死にたくなかったから」


 悲鳴のような、嘆く声があたりから聞こえてきた。

 血族を殺す魔法も、この男も、あまりにも残酷だったから。


「俺はずっと思っていました。その力はあなたの手には余る」


 その言葉に、驚きの様子を見せた後、イグニスは腹の底から笑っていた。


「お前の魔力量で私からこの魔法を奪えると!?お前の母は葉っぱを持ち上げられる程度の浮遊魔法しか使えない……魔女狩りで得た獲物だというのに!」


 二人から突然炎が発せられる。

 カインと、イグニス・ブレイズから。

 隣にいる私や周りのみんなもに炎がかかったが、その炎は熱くはなかった。

 おそらく魔力量を視覚化しているだけなのだろう。

 カインよりもイグニス・ブレイズの方が、確かに圧倒的魔力量だった。


「これが炎呪の継承!魔力の多いものだけに相伝される選ばれし者の力!お前にも見えるか!私の圧倒的な力が!これがブレイズ!この魔法こそが五代公爵家たる所以!」


「私はその力は入りません。きっとその魔法は、誰も幸せにはしない」


 カインは静かにそう言った。イグニスはそう言うカインを負け惜しみを言っているのだと言わんばかりの歪んだ笑顔で笑っていた。


「それでももう誰にも死んでほしくない。ジーン……君で最後だ」


 カインは今にも泣き出してしまいそうな、悔しそうな顔をしていた。


「ジーン……。もっと早く、こう出来ていれば……」


 カインから出る炎が、イグニスを圧倒的に上回る量になった。

 それを見て、イグニスは「馬鹿な……!?そんなはず……!」と信じられない様子でカインを見た。

 炎は止まるところを知らず、パーティー会場全てを包み込んでしまう勢いで広がって行く。


 みんな炎に怯えたが、それが自身を燃やさず、ひたすらに温かく、優しい炎であったため、みんなすぐに冷静さを取り戻していった。


「馬鹿な!!純血の魔法使いである私が……!獲物の子供に負けるはずが!!」


 信じられない。そんな表情で当たりを見渡す。


 もう勝負はついただろう。どちらの魔力が勝っているかなど、一目瞭然だった。


 炎は緩やかに消えていった。

 その炎は、いつまでも見ていられるほどホッとする温かさだった。


 カインの前には椅子が置いてあった。

 どこから出たのかわからない。ただ、気づいたらそこに置いてあった。

 木製の赤い座面のクッションの、異様な雰囲気の漂う椅子だった。


 視界に入った瞬間ゾッとした。

 この世には呪われた魔具がある。きっとこれもその一つなのだろう。


 座った血族の命を奪う、呪われた椅子。


 カインはその椅子の座面をイグニス・ブレイズの方へ向けた。


「なんとなくわかります。炎呪の使い方が……」


 イグニスはガチガチを唇を震わせていた。


「試しに座ってみますか。あなたが愛した呪いの力を」


「私から炎呪を……奪ったな!!!!」


 イグニス・ブレイズが手から出した炎は今度こそ殺傷能力のある炎だった。

 私は咄嗟に地面から蔓を伸ばしてイグニスの足に絡ませたが、彼が発した炎で一瞬にして燃え尽きてしまった。


 私の魔法は分が悪い!


 すると一瞬私とカインの間を、何かが駆け抜けて行ったような気がした。


「往生際、悪いですよ」

「……ジーンの仇」


 ハイドとイブだ。私たちの前に立つその背中は、やはり心強かった。

 イグニスは2人を前に、少し距離をとって睨んだ。

 ハイドは心配そうにイブを見た。だがイブの顔は冷静そのものに見えた。


「だとしても……魔法は……みんなの幸せのために使うんだ」


 良かった。イブの中にちゃんとジーンがいる。あなたの言葉も、想いも、何一つ消えてない。


 ハイドの手から出る稲光は見ていられないほどに眩しかった。イブはそんなこと気にも留めていない様子で、銀に光るナイフを構えていた。


「平民風情が!!」


 そう言い襲いかかるイグニスは、ハイドの雷撃で感電し、イブのナイフで手のひらの中心から指先に向けて切り裂かれ、失神して2人の足元に頭から倒れた。


 その様子に、さすがの貴族たちもみんな悲鳴をあげていた。


「あのブレイズ当主が……負けた!」「嘘……当主の力があの平民の者へ」「五大公爵家が、こんな……信じられない!!」「ブレイズ家は炎呪を王家に管理されていたが……それはあの平民にも適応されるんだろうな!!」「じゃあ私たちが呪い殺されるかもしれないの!?」「ヴェルメリオファミリーにちょっかいかけてた貴族は一網打尽かもしれない」


 そんな憶測が飛び回った。疑心暗鬼、皆心のよりどころを求めていた。あたりが騒然としていく。


「鎮まりなさい!!」


 背筋が伸びるような、よく通る女性の声が響き渡り、みんな静まり返った。そして声の主の方を見て、みんな深く礼をするのだった。


「大変なことが起こってしまいましたね……。それでも我々はいかなる時も毅然とした態度を崩してはなりません。我々は国民を導く者。迷い我を失った者になど、誰もついてきてはくれません」


 王妃様は、いつだってそうだった。少し気の弱い国王の尻を隣で叩き、何もままならないアラン殿下にいつもそう説いていた。


「怪我したものは?」


 皆イグニス・ブレイズの方を見た。


「衛兵!担架を」


 そう言われ、自身の仕事を思い出したかのように、言われた通りに動き出した。


「メイ。あなたはとんでもない彼を連れてきたわ」


「王妃様。私は嘘を申しておりました。彼は私の婚約者ではありません。ですがブレイズ家の血族であり、炎呪を継承したことは紛れもない事実でございます」


 私のその言葉に、静かな動揺が広まった。


 ヴェルメリオファミリーはなんて厄介者の巣窟なのだろう。平民でありながら魔法使いの集まりで、創世の魔法使いがいて、炎呪、そして私。


 隕石が奇跡的にアジトの上におちた方が、皆安心して眠れるだろう。


____占いを得意とするトニトルス家の夫人が、この先の国運はメイ様が全てを担っており、彼女がとる選択によってこの国とリベルダの運命が決まると。そしてそれはそう遠い未来の話ではないとおっしゃっていたわ。


 ヴェール様の言葉がふと頭に浮かんだ。


 私は、今そのためにここにいるのか。


 私が、ここで選択をしなければならないんだ。




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