第17話 一途な人
パーティー会場に戻ると、ヨウは寝たから先にランと帰ったということを、社会科見学しているイブから聞かされた。
イブはテーブルに並べられたご馳走を頬張りながら言っていた。
「メイはすごい!みんなメイのこと見てた!すごいって、ありがとうって、みんながメイにそう言ってたよ」
イブは嬉しそうにフォークに刺したミートボールを私に向けた。
私はそれを食べる。
「メイはジーンみたいに頭がいいや!」
私はぶっつけ本番、咄嗟に頭に出た単語を並べただけで、振り返っても何を言ってたのか思い出せないほど曖昧だった。
うまくいったのは本当に奇跡なのだ。
でもそれをすごく喜んでいるイブに、水を差すようなことは言うのをやめた。
「カインとハイドは?もう帰ったの?」
「いーや?あそこにいるじゃん」
イブのフォークが指す方に、カインとハイドが3人の金髪の人達に囲まれているのが見えた。
私は肉にしゃぶりつくイブを引っ張りながら、二人の方に行った。
カインとハイドは私たちに気づくと、「あ!お疲れ!」「今日イチの功労者にかんぱーい」とみんな好き勝手に飲んでいた。
ハイドと同じ金髪の人たちも彼らと一緒に乾杯していた。
「えーっと……」
「ああ。言ってなかったっけ?俺元々貴族なんだよ」
ハイドは戸惑った私にそう言った。
「あ、聞きました。初めて会った時から2回は」
「俺はトニトルス家だったんだ」
それも聞いたことがあるが、ハイドは酔ってる様だから余計なことは言わないことにした。私のことを占って下さったローラン夫人がいるお家だ。
「この人が父さん」
隣にいる金髪の中年男性の肩を組んでそう言う。
「え……?」
「この人が母さんで」
その隣にいる女性を指してそう言う。
「カインの横にいるのが兄ちゃん」
「めちゃくちゃ仲良いですね……」
「別に仲違いして家出たわけじゃないしな」
家族には本当にいろんな形があるのだな……。
みんな酔っているのか、またすぐに関係ない談笑を始めてしまった。
私は占いの相伝魔法を持つという、ハイドの母、ローラン様に話しかけた。
「あの……」
「あらメイちゃん。大きくなったわね」
確かに社交会で何度か挨拶させてもらったが、ハイドに貴族っぽさが無さすぎて、全然息子だと気づかなかった。
「私の行動がこの国を行末を左右すると占っていただいたと聞きました……結果、私たちは王家や貴族から牽制され、今日まで被害も出ずにすみました。なんとお礼を言っていいのか」
「あら。お礼なんていいのよ。気にしないで。うちのバカ息子はともかく、カインちゃんは繊細でしょう?みんなが安心して暮らせるように、私が流した嘘だもの!」
「え?」
嘘?占いじゃない?百発百中、確定した未来、みんなすっかりそう信じて疑わなかったのに。私も含めて。
「魔法よりも効果的だったわね。あはははは!」
悪意なく高笑うローラン夫人はいっそ清々しかった。
あの占いがなかったら、私はきっとみんなの前であんな大嘘つきになれなかったから。
全てが功を奏した。なんという博打な人生だろう。
でも後先考えれない私にとって、全て嬉しい誤算だ。
「メイ・ヴィブラスト!」
忘れていた。振り返るとアラン殿下が立っていた。
できることなら気づかれる前にみんなを回収して帰りたかったのに。
「婚約者は嘘だったのだな。見栄を張るために……なんて浅ましい」
婚約者がいると言った時あんなにワナワナ震えていたくせに。この方もいっそ清々しいほどに変わらない。
「ジュリ。君もそう思わないかい?」
「ええ、本当に!きっと殿下に振り向いて欲しい一心だったんですわ。私が殿下を取ってしまったから……」
申し訳なさそうに涙目になっていたが、手で隠しきれていない口元の端から笑みが見えた。勝ち誇っているようにも見える。
ジュリ様もすっかりご機嫌麗しゅう様子だ。
「婚約者はカインじゃない!俺だ!」
イブは私を後ろから抱きしめながらそう言った。
「な!なんだお前!女性にそのような……!離れろ!」
あなたたち廊下でいつも抱き合っていたじゃない。
イブもこんなのに付き合うことないのに。もう嘘も何もかも不毛よ……。無視するのが一番だわ。
「俺メイが好き!メイと結婚したい!!」
イブはアラン殿下ではなく、私だけを見てそう言った。キラキラした子供みたいな目で。
嘘?演技?それとも……。
「誰かのために頑張れるメイが好き。自分のこと後回しにしちゃうところが心配だけど。俺のこと卑屈って言ってたけど、その言葉は俺に適してないと思う!」
イブはアラン殿下の前だからそう言っているのではない。
この人は、なんの恥ずかしげもなく自分の本心を、告白しているんだ。
気持ちを隠すことを知らない、偽ることを罪のように捉える揺るがない瞳は、偽りだらけの貴族社会に生きて来た私にとって眩しすぎた。
「メイ!俺はどっちかというと一途な人。俺は、メイが好き!」
一点の曇りない眼差し。
私はニヤニヤするハイドと、アハハと笑うカインに助けを求め視線を送ったが、二人はファイトと言わんばかりに拳を作った。
「メイ!俺と結婚しよう!」
学友たちもパーティーに参加しており、「まあ!なんて無邪気なお方なのかしら!」「あれくらい裏表ない方の方が、メイ様に相応しいと思いますわ!」「メイ様の魅力は止まるところを知りませんわね」などと話しているのが聞こえた。
ヴェール様の姿も見える。今日も一段と美しい。パーティー仕様で、ドレスも髪型もメイクも、どこの令嬢にも引けをとらなかった。
「あら!私も立候補してしまおうかしら!」
ヴェール様のその冗談であたりは笑いに包まれたが、イブの私を見る笑顔は、甘酸っぱくて視線を逸らさずにはいられなかった。
今私が昔のような公爵令嬢だったのなら、貴族として私は無難にこの場をやり過ごすことができたはずだ。
でも私はもう……自由を知らなかった私に戻れないわ。
誰かに好きって言ってもらえるのってこんなに嬉しいのね。
告白されたのなんて生まれて初めて。
でもこんなに大勢の前で言われるなんて恥ずかしすぎるわ!
純粋で、ちょっと抜けてて、でも頼りになる男の子。
私、今はまだ恋がわからないけど、この気持ちは……なんて言葉にしたらいいのだろう。
「ありがとう、イブ。私……前向きに検討するから!!」
恥ずかしい!!
嬉しかった気持ちも、感謝の気持ちも、絶対少しも伝わってないわ!
こんな言葉じゃだめだわ。
どんな言葉をかければ、私の想いは伝わるの。
「やったぁ!メイ待ってる!!」
太陽の様な明るい笑顔と、私の手を力強く握る大きな温かい手。
貴族の時は大きな口を開けて笑うことははしたないとされていた。表情管理は徹底していた。手を握るのは挨拶やダンスの時だけ。
ヴェルメリオファミリーに来てからずっと思ってたけど、みんな喜びや悲しみを全身で表している。
私は……多分今でも自分に染み込んだ貴族のくせが消えていないんだ。
でも……もう何も柵はない。
だって私はただのメイ。あなたが求める私は、名誉も財産も地位もない、ただの……ありのままの私。
「うん!!」
私は彼みたいに笑ってみる。使ったことのない表情筋が、今にも痙攣してしまいそうな。
それでも、私の想いの少しでも、この笑顔で彼に伝わってほしい。
私はきっと、あなたを好きになる。
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