真鍮と金
三葉
第1話 いつまで頑張ればいいですか
全てのことがどうでもいい。私の代わりは沢山いる。
私が今死んだとしても、私の役割を代わりに担う人材が補充されて、社会は今まで通り回っていく。
だったら今私が我慢してまでこの地位にしがみつく理由は何だろう。
お前は国の誇りだ。名誉な役目を承った。我らウィチェリー国、その王太子であらせられるアラン殿下の婚約者となったのだ。その血に感謝し、この家と国のために優秀な魔法使いになり、そしてより優秀な遺伝子を残す。お前の存在はそれに尽きる。
小さい頃から繰り返し聞いた言葉だ。
生殖のための人生。国のための人生。私の知らないところで私の人生が決まる。
生きることも、死ぬことも、私の意思など関係ない。私の人生は、貴族として生まれた時から決まっているのだから。
だから多分、あとは全うするだけ。
「ジュリ!好きだよ。他の誰よりも」
アラン・リンチェスター殿下は人目も憚らず、国立学校の校舎の廊下で、男爵令嬢、ジュリ・カーチェスマンに愛の言葉を囁いていた。
「アラン様……!私ね、ずっと思っていたの。男爵令嬢だなんて中途半端な地位に生まれた意味を。私……きっとこの学校であなたに会うためにこの家に生まれたんだわ」
そう信じて疑わない。真っ直ぐな目。
アラン殿下も彼女のその言葉に酔いしれているようだ。
「だからこそ……苦しいわ。もしも私がメイ様のような公爵令嬢だったのなら……誰も私たちの婚約に異議を唱えないでしょう……」
さっきと一転。急に潤んだ瞳に殿下は慰めるようにジュリ様を抱き寄せた。
「僕の心はジュリだけのものだよ」
アラン殿下の言葉に、ジュリ様は満面の笑みで彼に抱きついた。
本当にお似合いな二人だと思う。
私は殿下のことを、悪い人だとは思わないけど、好きになったことは一度もなかった。成績も悪くはない、容姿も良く、背も高い。それでもいつも否定的に見てしまった。だって彼は王になる人間だから。私が次期王太子妃として完璧を求められているように、私も彼に対して完璧を求めた。最初は口うるさく言ったものだった。考え方が甘い、王になる人間としての振る舞いではない、物事の真偽を見極めることのできる人間になって欲しいと。でも・・会話を重ねれば重ねるほど、私たちの中は悪くなっていくだけだった。そして彼は最後は不貞腐れてこう言うのだった。
「お前が婚約者に選ばれたのはその血だけだ!私に指図するな!!」
私の親だけではない。アラン殿下、あなたもまた私を人としてではなく政治のための駒としか見ていないのだ。
婚約者として愛する努力をしようと思ったが、私たちの冷え切った関係にはもうどんな薬も効かないだろう。
「きゃっ!メイ様……!」
アラン殿下に抱きついたまま、ジュリ様は私を見て怯えたように震え出した。
アラン殿下は私を睨みつけて、彼女を庇うように強く抱きしめた。
「……何か要か」
婚約者がアラン殿下であり、そのアラン殿下が他の女性に現を抜かすこの今の状況は、私にとってはどうでもいいことだが、父や国にとっては何の為にならないことだった。私も噂の的になるのはこれ以上避けたい所だが、この二人に何を言っても無駄な気がした。むしろ批判されればされるほど、引き離す強さに比例して、二人は求め合うのだと思った。
「いいえ何も。次の授業がありますので、私はこれで」
私が二人の横を通り抜けようとすると、アラン殿下は舌打ちして私の前に立ちはだかる。
「お前は本当に可愛げのかけらもないな。お前のせいで私たちは一緒になれないどころか、立場を忘れて色欲に現をに抜かすなど不名誉な噂を立たれていると言うのに」
それは事実を言っているだけだから、噂はまとを得ていると思うが。
「婚約破棄がお望みでしたらどうぞ殿下の御心のままに。私には父上と国王が決めたことを拒む権利が無く、ただ貴族としてその役割を全うするのみでございます」
「嫌々なったと!?自分は被害者とでも言いたいのか!」
嫌々なのは間違いない。婚約者を蔑ろにし他の女の人と公衆の面前でベロチューするほど周りが見えていない殿下と結婚したいと思わない。貴族としての威厳はないのか。
「殿下におかれましてはジュリ様を正室になさっても良いと思います。今は政略結婚の方が時代錯誤ですから。皇室の魔力維持のための結婚など、側室や愛人程度でもよろしいでしょう」
まあそうなったらお父様が私を許さないでしょうけど。
「お前は……!どれだけ私を無碍にしたら気が済むんだ!幼い頃からそうだった!この国は魔法のスキル、魔力量が優れているものほど優遇される!自分が創世の魔法使いの家系で、尚且つ純血であることに鼻をかけて、いつも偉そうに俯瞰して____!お前のそう言うところが!!」
かつてウィチェリー国は魔法使いの国だった。魔力のない人間との交流が増えていく中、国は魔法こそが上に立つものにふさわしいと、当時の王は純血を守る貴族を優遇していき、魔力のない人間を蔑視した。
だが時は進み、今そんなことに囚われいているのはきっと、数少ない貴族だけだろう。
それは例えば私の父であり、この国の王家であり、この今にも泣きそうなアラン殿下だ。
王家は魔法を持たない人間の姫を迎えてから、魔法使いとして大打撃を受けるほどには魔力のない人間ばかりが生まれた。
魔法を使えないことは悪いことではない。
それでも今まで政治、政策に魔法が強く関与していた国だ。急に国のトップが瓦解していくその様子に、貴族の中では魔法の有無だけで人を測るものではないという反王家派と、純血と魔力量に重きを置く王家派が生まれた。その王家派である我が家門、ヴィブレスト家は当然のように純血の魔法使いである私を王家に嫁がせ、点数稼ぎをしている次第なのだ。
王家は今、私の血が欲しいのだ。私や彼の意思など、どうでもいいのだろう。
私たちのこの騒動に、いつの間にか周りには野次馬がたくさん集まっていた。
私は……16歳になる年になった。18歳になったら卒業だ。それまでこんな日常が続くのか。卒業したら結婚だ。そして産んだ子供は王家の人間として重宝されるだろう。そうなってもきっと……私は死ぬまでこのままなんだろうな。顔の見えない誰かのための人生。
自由になりたいと思うのは、この世界が窮屈だから。
今すぐ消えて無くなりたいと思うのは、その方が楽だから。
何もかも捨てて誰も私を知らない世界に行けたのなら、私は今度こそ私の人生を歩めるだろうか。
「……もういい……。君と話すことなどもうない!さっさと去れ!」
アラン殿下は周りを見て、私に吐き捨てるようにそう言った。
ジュリ様の手を引いて。
ジュリ様は得意げな様子で彼の隣を笑って歩いた。私を見て、勝ち誇ったような顔をしていた。
ああ。負けてるんだろうな。
私はその男に媚びるほど、自分を捨てきれない。
権力に縋るほど、落ちぶれたくもない。
可愛くないね。私もどこかで感じていた。私はあなたみたいにその男に委ねられない。剣でボコボコにすることはできても、その男の前で服は脱げないわ。
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