第37話【Side】ミミの孤児院生活

 デジョレーン家は貴族剥奪され、ボルブとマルレットは信頼を失い王都から追放された。

 残されたミミは、孤児院へ強制送還されたのだが、さっそく文句ばかりの日々が始まったのである。


「たったこれだけですか……? おなかいっぱいになれるわけがないでしょう!」


 ミミの前に用意された食事は、冷め切ったパンとミルクだけである。

 貴族生活をしてきたミミにとっては衝撃的だった。


「そうね。でも、他のみんなは文句を言わずに食べているでしょう? どうしてかわかるかしら?」

「わかりませんわよ。それに、この中では私が一番年上でしょう? この子たちよりもいっぱい食べなきゃいけないのですよ」


 孤児院で子供たちの面倒を見ている女性は、ミミのワガママを無視することはしなかった。


「たくさん食べたかったら、あなたが自分自身でお金を稼げるようになれるよう一生懸命頑張ることね」

「そんな……。なにをどう頑張ったら良いのよ……」


 ミミは両親からは甘やかされ、フィアラに対してもワガママばかりで言うことを聞かなかった。

 窮地に追いやられて、初めて危機感を持つようになったのである。

 しかし、今のミミではどうすることもできなかった。


「ここにいる子供たちは、みんな頑張って自立していこうとしているのよ」

「自立? ここでずっと食べさせてくれないのですか?」

「もちろんよ。ただでさえ、孤児院への予算が少なすぎて、まともな食事すら子供たちに提供することができないの。一人でも多く自立できるようになってもらうための場所なのよ」

「そんな……。そもそもお父様たちが追放なんかされなければ平和に暮らせていたのに……」

「そんなことないと思うわよ。いつかは自分たちだけで生活できるようにしなければいけなくなるときが来るのよ。たとえ貴族でも王族でもね」


 ミミは少ないパンをかじり、ミルクを一気に飲み干しながらも話は聞いていた。

 もっとたくさん食べるためにはどうしたら良いのかを考えながら。


「私は貴族でもなんでもないただの平民になってしまったのですよ。それでも美味しいものをたくさん食べられるようになれるんです?」

「あなた自身が頑張れば、きっとね」

「ふぅん……お姉ちゃんは毎日家の仕事をしていたっけ……」

「あなたにだって、頑張ればできることよ」

「じゃあ、美味しいもの食べたいから、使用人目指してみます。なにすればいいのです?」

「この孤児院でしっかりと規則を守ること。まずはここからね」

「じゃあ余裕ね」


 ミミは、そんな簡単なことだけで使用人になれるのかと安易に考えていた。

 張り切って孤児院の規則を守ろうとしたのだが、すぐに諦めかけてしまったのだ。


「どうして掃除なんかやらなきゃいけないのです? ここの管理している人がやればいいのに!」

「使用人を目指すなら、掃除も勉強もしなければいけないのよ。もちろん、使用人を目指さなくとも覚えなければいけないの。たくさんご飯を食べるためにはね」

「ううぅぅ……、平民はこんなことを毎日……」


 ミミが自分より年下の子たちを見ながら不満を垂らす。

 だが、一生懸命に頑張っている姿を見て、ミミは疑問を抱いていた。


「なんで雑巾掛けを楽しくできるの?」

「えー? だって、綺麗になったら嬉しいじゃん」

「誰かに任せればいいでしょう?」

「そんなできないよー。それに、自分でやって綺麗になったら嬉しいじゃん」

「うーん……よくわからないわね……」


 ミミは、子どもたちから一枚の雑巾を手渡された。

 このままサボっていても、美味しいごはんを食べることはできない。

 しぶしぶミミも雑巾掛けを始めたのだった。


「うーん、汚れが落ちない……」

「こうやってやるんだよー」


 ミミよりも小さな子どもは慣れた手つきで汚れを拭き取っていった。

 当たり前のようにやってしまう子どもを見て、ミミは初めて悔しいという気持ちがあったのだ。


「こう?」


 ミミは子どもの雑巾掛けの動かしかたを参考にして、力尽くで磨いた。

 すると、こびりついていた汚れが徐々に消えていった。


「そうそうー。お姉ちゃんすごいねー!」

「へっへえ~。すごいでしょう! お姉ちゃん力だけは結構あるほうだと思っているからねー」


 ミミは、身内以外の誰かから褒められたことが初めてである。

 自分でやりとげたことを褒められて、とても嬉しかったのだった。

 ミミは掃除に対して張り切るようになる。


 ♢


 前日と変わらず、ミミの前にはパンとミルクだけが用意された。

 だが……。


「おいしい……! なんで!?」

「あなたが一生懸命頑張って掃除していたからよ。ひと頑張りしたあとの食事はなんでもおいしく感じるものなのよ」

「もっと頑張ったらもっとおいしくなるのです!?」

「もちろんよ」

「ちょっと頑張ってみよっかな……」


 ミミは半信半疑ではあったが、掃除や勉強に対して少しづつやる気が出てきたのである。

 すべてはおいしいものを食べられるようにするために。

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