第15話 フィアラは知った2

「リエルさんは、ずっとフィアラさんのことを心配していたようですね。自分の力だけでは子供を救うことができないと。そこで私に頼んできたのですよ。今まで稼いできた給金のほとんどを出してね」

「え?」


「ただ家から連れ出すだけでは、立場上フィアラ様の親権がボルブさんになります。それではなにかあった際、フィアラ様を強制的に連れ戻されてしまうと警戒していました」

「それで親子の縁を切ってからこの侯爵邸で働くようにと?」


「さようです。彼らがお金に弱いこともリエルさんは当然知っていたのでしょう。そこで、大金を出せば提案に乗るだろうと。親権だけでなく、子爵邸との縁も完全に切らせ、尚且つ侯爵邸での使用人として働ける環境を作ろうとした。フィアラ様を私に一任し、成長させてほしいと頼まれたのですよ」


 私は、なにも知らずにここで働かさせてもらっていた。

 お母様への感謝の気持ちもないままに……。


「お母様が大金を出してまでとおっしゃっていましたが、子爵家に大金が入ると言っていたのは……」

「もちろん、リエルさんの稼ぎです。そこまでしてでもフィアラさんを救出したかったのでしょう」


 私は、持っているコーヒーのグラスを持ちながら、ポタポタと涙が出てきてしまった。

 お母様が私を身を削ってまで救ってくれただなんて知ったら、感情が抑えられなかったのである。


「もちろん、このことを知っているのは私だけで、主人様やダイン様は知りません。なんとかフィアラさんをここで働けるように説得したのは私ですが、リエルさんの強い意志が私を動かしてくれたのですよ」


 お母様に会いたい理由が大きく変わった。

 今までは、再会して子育てはしなくても良いから一緒に仲良く暮らそうと思っていた程度だった。

 だが、今は間違った解釈をしていたことの謝罪と、助けてくれたお礼が言いたい!


「やっぱり、お母様に直接お礼が言いたいです。どうして会うのがダメなのでしょうか?」

「リエルさんにも思うところがあるのでしょう……。フィアラさんが大変な毎日を送っていると知りながら、助け出すことがなかなかできなかったと悔やんでいましたからね。罪悪感から、会わせる顔がないとでも思っているのかと。あくまで約束ですから、今すぐに教えるわけにはいかないのです。申し訳ございません」


 お母様が罪悪感を抱えることなどあるものか。

 ジェガルトさんの話を聞いてから色々と過去の成り行きが概ね理解できてきた。

 お母様は、私以上に過去に苦しい思いをして家から出ていったに違いない。


「私がお母様に手紙を書いて、それを送っていただくことは可能ですか? せめて私が元気にしていることだけでも伝えたい……」

「もちろん引き受けましょう。むしろ、そのつもりでフィアラさんに話したわけですからね。私は立場上、子爵邸に関与することはできません。したがって、リエルさんの重い鎖を解くのはフィアラ様だと考えていました」


「それだったらすぐに教えてくださっても良かったような……」

「リエルさんから言われていましたからね。徹底的に厳しく指導して、立派な使用人になって成長した姿を見たいと……。実際には、私はほとんど教えることもなく立派な使用人になられたと思いますよ」


 成長できたのかどうかは良くわからない。

 だが、ジェガルトさんのお墨付きをいただけたのだから、もし手紙を送ったことでお母様と再会できても恥ずかしい姿を見せることはない気がする。


 もしもお母様と一緒に落ち着いた生活ができるようになれたら……。

 私の脳裏には手紙を早く書かなければという思考しか回らなかった。


「すぐにでも書きますっ!」

「ところで、執事長になるそうですね」

「あ、いけない。そのこともジェガルトさんに聞こうと思ってたのに……」


 ジェガルトさんはホッホッホッと大きく笑っていた。


「それだけリエルさんのことで頭がいっぱいになったのでしょうね。手紙を書いてからでも執事の仕事はご教授しますよ」

「ありがとうございます」

「まぁ、今のフィアラさんなら立派な執事長になれるかと思います。あとは部下を育てるということさえ出来れば完璧ですね」


 執事長になれるのも、全部お母様のおかげだとわかった。

 私は大急ぎでお母様に向けて手紙を書いた。

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