第2話 フィアラは家から追放された

 ようやく書類作業が終わった時間はすでに明け方だった。

 眠気をこらえてお父様の部屋に書類をそっと届けようとしたのだが、今日は珍しくお父様はすでに起きていた。


「遅い。遅すぎるぞ! いったい何時までかかっていたのだ?」

「申し訳ありません。ですが、しっかりと目を通し不備も修正しましたので、これで大丈夫かと」

「あたりまえだ。ミスなどあっては俺が大目玉を喰らってしまう。そのときはフィアラも覚悟しておくのだぞ」

「はい……」


 お父様からの大目玉は、義母様のお仕置きの何倍もひどい。

 だから、毎回絶対にミスをしないように気をつけて、寝る間も惜しんで終わらせようとしている。

 幸い散々やらされていて仕事内容も覚えたため、最近はミスもなくなってきた。


 さぁ、ようやく一時間くらいは寝れるかな……。

 と、思っていたのだが、お父様が珍しく私にお説教以外の話をしようとしてきた。


「ところで……。我がデジョレーン子爵家ではおまえでなくミミを長女にしたいと何度も言っただろう?」

「は……、はい。義母様の立場を尊重したいと何度も言っていましたね……」

「はっきりと言わせてもらうが、前の妻との間にできたおまえなど邪魔だと思っていた。だが、そんなおまえでも最後に役立つときが来たのだ。今回は感謝する」

「はい!?」


 お父様が私に感謝してくれるなんて数年に一度あるかないかだ。

 いったい私はなにか功績でも残したのだろうか。


「結論を先に言う。フィアラはデジョレーン子爵令嬢という地位に今まではいたが、正式に除名することになった。つまり、家から出てもらう」

「そうですか……」


 私は、なるべく喜びを顔に出さないようにして、そう返事をした。

 だが、私は今まで家のことやお父様の仕事を全てやってきた。

 私がこの家からいなくなって平気なのだろうか……。


「喜んでいるのだろう? 顔に隠し切れていないぞ」

「いえ、そんなことは……」

「まぁよい。お前の今後のことを考えるだけで哀れに思えてしまうからな。せいぜい、今だけ喜んでおくがよい」


 あぁ、これはきっともっと過酷な毎日が待っているんだろうな。

 そうでなければ、私をこの家から追放するなんて考えないだろう。

 いや、もしくは……。


「私はこのあとどうなるのですか?」

「フィアラを貴族界から除名したのち、ガルディック侯爵家の住み込み使用人になってもらう」


 それだけ聞いたら、むしろ私にとっては喜ばしい話なんだけど……。

 侯爵といえば、一番上の爵位ではないか。

 その家で住み込みで使用人をするなんて名誉なことだ。


「はっはっは、おまえはなにも知らないのだな。頭領のガルディック侯爵は、俺が王宮で働いている上司だ。だが、あいつは本当に酷いやつでな。すぐ怒鳴り散らかすわ、人として扱わないわで俺たちは困っている。人としてクズなんだよ」

「は……はぁ」


 それをお父様が言うのか……。私もお父様から同じような扱いを受けているような気が……。


「それだけではない。あいつのご子息も噂ではかなりの問題児らしい。英才教育を徹底したから頭脳は優秀だそうだが、婚約者も決めず自由奔放に生きようとしているそうだ。はっきりと言うが、フィアラは今後地獄を見ることになるだろう」

「そんな家に私が行くということは……、それなりの条件をもらっているのですね?」

「あぁ。フィアラはこの家の使用人として使ってきた大事な道具だ。だが、聞いて驚くが良い。正式に除名し侯爵家に引き取らせる条件をのめば優に五年は遊んで暮らせるくらいの対価をもらえるのだ」


 貧乏家庭にとっては、私などお金の道具か。

 つまり、私は高値で売られたというわけだ。

 義母様の言動も納得できた。


「家のことは心配するな。手に入る大金で新たに使用人を雇うことにする。それでも大金が有り余る。正当な理由でおまえを家から除名し、我が家にとってはメリットしかないのだよ」

「わかりました。今までお世話になりました」


 これでお父様との縁が完全に切れると考えたら、私も拒否しようとは思わなかった。

 だが、お父様の話だけ聞くと、侯爵家では今まで以上の過酷なスケジュールが待っているのかもしれないと予想する。

 いざとなったら、逃げる準備くらいはしたほうがいいだろう。

 私はこのあと貴族ではなくなるのだから、貧民街に逃げ込んで一生を終えるという選択肢だってできるようになるのだ。

 これは私にとってもチャンスのような気がしてきた。


 もちろん今は顔にはなるべく出さないようにしておく。


「嬉しそうだな」

「そ、そんなことは……」


 どうやら、私は誤魔化すのが下手らしい。

 お父様はゲラゲラと嘲笑ってきた。


「俺はおまえが邪魔で憎くて何度も捨てたいと思っていた。おまえもこの家から出られると思って喜んでいるのだろう? だが、その喜びもすぐに後悔に変わるだろうよ。ま、フィアラがこの家にいたいと言ったところで受け入れるつもりなどないがな」


 そんなことは知っている。

 私の主張が受理されることなんて、せいぜいごはんが美味しくなるための投資くらいだ。

 庭に家畜で飼っているニワトリや、小さな自家農園だって私が提案して作られたものである。

 次の使用人がニワトリの世話をしたり、野菜を育ててくれるのだろうか……。


「わかりました。いつ出ていけばよろしいのでしょうか?」

「今から除名の提出もする。今日の昼には出ていってもらう」

「はい」


 眠気はいつのまにか吹っ飛んでいた。

 それくらい、この家から出られると思うと嬉しくてたまらなかったのだ。

 ミミにはしっかりと挨拶はしておこう。

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