第10話 フィアラはダイン次期侯爵にドキドキする

 今日頼まれていた使用人としての任務は全て終わってしまった。

 まだ日も暮れていない。

 今までだったら、夜中から朝にかけて一日の任務が終わっていた状況から考えると、明らかに仕事量が少ない。

 私は何度かサボりすぎではないですかと聞いたが、これでも多いほうだと言われてしまった。

 仕事が終わったら好きに自由にしていいとも言われている。


 自由な時間なんて初めてだ。

 どうしたら良いのだろう。

 私は廊下であたふたと、さまよっていた。


「なにをしている?」

「あ……、ガルディック様……。仕事が終わってしまってなにをしたら良いのか……」

「好きにすれば良いだろう?」

「そう言われましても……」


 好きにすれば良いと言われても、なにをしたら良いのかと迷う。


「暇なのか? 俺と少し話さないか? 話し相手が欲しいと思ってたんだ」

「承知しました」

「ひとまず俺の部屋へ来い」


 言われるがまま次期侯爵様のあとをついていく。

 後ろ姿もカッコいいなぁ。


 部屋に入るとすぐに、次期侯爵様が椅子を用意してくださった。


「ひとまず座れ」

「ありがとうございます」


 私は椅子に腰掛けた。


「まだ働き始めて二日だろ。慣れないこともあると思うし大変だろう?」

「いえ、想像していたよりも優しいなと思いました」

「別に俺には気を使わなくていいんだぞ。辛かったら辛いと言ってくれればいい」

「強いて言えば、自由にして良いと言われて困ってます」

「おかしなことを言う奴だな」


 次期侯爵様はフッと笑みを溢しながら、先ほど私が用意していた飲み物のカップに口をつけた。


「この紅茶もいれてもらってから時間が経ち冷めてはいるが、美味いな。この紅茶が旨くなるようなにか特殊なことはしているのか?」

「いえ、お湯を入れるペースだったり茶葉のつける時間は気にしますが、それ以外は特になにもしていません」


「お前はすごい奴だな。今までの使用人たちと比べてしまっては彼女たちに気の毒ではあるが、驚かされてばかりだ。昨日のタマゴがゆも素晴らしかった」

「お褒めの言葉大変ありがたいです」

「だが、ひとつ気になることがある」

「なんなりとお申し付けください」

「硬すぎるんだ」

「はい?」

「そうだな……。とりあえず、俺のことはダインと呼んでくれ。敬語もいらん」

「それは無茶苦茶ですよ……」


 私は貴族界の勉強ができる環境ではなかったため、常識というものをあまり理解していない。

 だが、雇われ主に対して敬語を使わないのはいかがなものだろうか。

 これはやってはいけない気がする。


「今お前は使用人としての理屈ばかり考えていたんじゃないのか?」

「どうしてわかったのですか……?」

「そんな気がしたんだ。よく聞け。今のお前は自由時間だ。俺は主従関係でなく、一人の友人として会話を望んでいる」


 そんなことを言われたのは初めてだった。

 少々戸惑ったが、彼の望みに従おうと思う。


「承知し……ではなく、わかりました。ですが、さすがに敬語は使わさせてください、……ダイン様」

「まぁそれでもいいか。お前がやりやすいようにしてくれれば」

「はい、ありがとうございます」


 ダイン様はフッと笑みをこぼした。


「ところで、明日からニワトリの飼育と家庭菜園を始めるそうだな」

「はい。もっとおいしいごはんを用意できるようにしたいと思ってます」


 実のところ、今までは私の食料難を補うためにしていたことである。

 だが、やっていくうちに楽しくなっていていつのまにか私のひとときの休憩みたいなものになっていたのだ。

 もちろん美味しいものを作れるようにするためという目的はあるが、やはり私は仕事をしながら楽しめる毎日を送りたい。


「その作業、俺も手伝ってもいいか? いや、正確に言えば教えてほしいのだが」

「良いのですか!? でも、次期侯爵様ともなると、そのような時間はないのでは?」

「今まで缶詰状態で教育ばかりを受けてきた。だが、俺はもっと色々なことを知りたいんだ。特にお前は俺にはない知識や技術を持っている。だからやってみたいと思った」


 なにかはわからないが、私の胸がぎゅーっと締め付けられるような苦しさに襲われた気がする。

 いったい、どうしたのだろう。

 ひとまずダイン様の意気込みに応えなくては。


「ありがとうございます。お手伝いいただけるのは大変嬉しいです」

「そうか。ならよろしく頼む。ところで、お前のことはこれからフィアラと呼んで良いか?」

「へ!? もももももちろんです!!」


 どうして私は焦ってしまったのだろうか。

 しかも、胸がさらにぎゅーっっっとえぐられる感覚に襲われた。

 ダイン様のことを考えたら余計にだ。


「フィアラ」


 いきなり名前で呼ばれて、すぐに返事が追いつかなかった。


「は、はいっ! ダイン様!」

「ふっ、少しは打ち解けてくれたようだな」


 ダイン様は私の頭にそっと手を乗せてナデナデしてきた。

 なぜかはわからないけど、ものすごく嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る