1-18 過去の枷
会場に足を運んだ招待客は拍手をしながら「おめでとう!」と言ったり「ヒューヒュー!」と、まるで花火を見ているかのように口笛を鳴らして四聖星を祝福した。
四聖星の男子組はシエルになる事に少なからず前向きな意見を述べていた。しかし、エレンだけ、舞台に立って脚光を浴びている中、過去を
────こんな景色、見たことないのに、初めてなはずなのに、それなのに何処か懐かしいと思うのは何故だろう。前に同じように注目を浴びる様な事があった気がする……
横に並んでいる他三人は四聖星になって口角が上がっていた。エレンも、嬉しいのに、どうしてか素直に喜んで笑えない。
────ヴィルジールの研究所に連れてこられる前は私は何処で何をしていたんだっけ…
この惑星に来てから六年が経つが、故郷での生活について思い出したことは少ない。
ヴィルジール研究所の檻の中で基礎知識はエレンの姉である赤髪のレオナに教えてもらったが、自身の過去を忘れたエレンには実感が湧かなかった。
しかし、六年前には姉を失ったショックで忘れていた事の中で、思い出した事柄もある。
蛇男ことヴィルジールはエレン達姉妹を一つの檻に閉じ込めていた。
手足には細かい返しが付いた漁業用の罠のような
枷は無数の鋭利なトゲが付いていて、それがエレン達の柔く白い肌に容赦なく食い込み、肌からは止まることなく血が垂れていた。
少しでも動くと激痛が走った。
今もエレンの手首・足首には青紫色の痕が残っている。
任命式では四聖星の服に着替える際、全員に白い薄手の手袋をくれたので何とか隠すことが出来た。
普段の生活では、衣吹のお母さんが遺したファンデーションを手首に塗っている。
また、ヴィルジールはエレンら人質に食べ物もろくにくれなかった。姉妹も痩せ細り、骨が透けて見える程だった。
一つの檻に二人いるのに食事は一人分しか貰えず、その食事も得体の知れない色をしていた。
ヴァンパイアに改造されたエレンは、檻の中に居たときは血を飲んでいないと思っていた。
だがしかし、今の惑星に着き成長するにつれて気付きたくない真実も思い出すことになった。
────あの頃、自分が気を失って、目が覚めた時にお姉ちゃんの首が血まみれだったな…
食べないのに手脚から血が流れることで自分の血が少なくなって、無意識に本能を剥き出しにして姉を襲っていたのだ。
姉の血を飲んだ後、エレンは気を失い、目を覚ますと姉の首やあたりの地面に血が飛散していた。
姉を襲った記憶が無いエレンは、姉がヴィルジールに襲われたと勘違いし、姉に
「だ、大丈夫っ!?」
と慌てて声を掛け、姉のレオナは毎回首を押さえて
「大丈夫よ。それよりエレンが無事でよかった」
とエレンが真実に気づかないように彼女の勘違いに合わせて嘘をつく。
────中学一年生になってそんな恐ろしい事実に今更気づくなんて。
お姉ちゃんはどんなに自分が恐ろしい化け物に見えただろう。
自分を心配させないように嘘をつくのはどんなに辛かっただろうか。
「何もかもお姉ちゃんにさせてばっかりで、私は何も返せてないのに……」
悲惨な過去を思い出し、エレンの顔が暗くなる。
すると横から肘でつんつんとルークがしてきた。エレンはハッと現実に引き戻された。
「顔色悪いぞ。何考えてんだか知らないけどカメラの前でそんな顔すんな」
とルークがエレンを横目に少々迷惑そうに小声で呟く。文意にエレンを心配する心はあまり含まれてなさそうだった。
「あ、ご、ごめん。」
エレンはルークから気まずそうに目線を逸らし、無理矢理口角を上げた。
女王様に四聖星マントを貰い、正式に
煌びやかな刺繍が施された布が掛けられた長テーブルのちょうど中間地点に一際豪華に彫刻された
女王様の右にエレン、左にルーク、エレンの前にアシュレイ、ルークの前にラティが案内された。
女王様の、テーブルを挟んだ目の前にも同じような玉座があったが、そこには誰も座ることは無かった。
四聖星と女王様が席に着いたのを確認すると執事のように畏まった正装の執事のような見た目の家来が、凡人とは縁遠い高級食材を使った食事を次々と運んできた。
エレンが女王様の前の席は国王陛下、すなわち女王様の旦那の席だと悟ったが、なぜ国王が居ないのかを知らなかった。
エレンは前に座っているアシュレイに視線だけでその席に座るべき人の事を訊ねようとした。
アシュレイは最初彼女の目線の意味が分からなったが、『読心』の異能を使って理解し、
────ああ!そういうことか。
とでも言うように頷いた。
だがしかし、彼は国王が今いない真相を女王様の前で伝える勇気も手段も持ち合わせていなかった。
アシュレイがおろおろしていると、急に女王様がぽつりと呟いた。
「亡くなったんですよ」
エレンもアシュレイも、自分達が聞こうと(伝えようと)していた事が女王様にバレていた事に内心肝を冷やした。
「ちょうど今から五年前。前の四聖星が正式に四聖星となった数ヵ月後に。
原因不明の病気が流行ってしまって、私の旦那も亡くなってしまった」
女王様が小声で目を伏せがちに言った。
エレンとアシュレイの様子に気付いたルークも女王様の話をちらっと聞いていた。
「す、すみませんでした……」
エレンとアシュレイがしおれた花のように縮こまった。
「いいのよ、別に。さっ!私達も食事を頂きましょ」
二人は素直にその号令に従った。
淡い花の模様の皿に乗っている、キャビアあえバジルスパゲティはとても上品な味で美味しかった。
ティーカップには紅茶が注がれており、花の形のレモンの輪切りがぷかぷか浮いて香りを漂わせている。
テーブルには一人ずつに出されたメニューの他にスイーツや花々が中央レーンに『御自由にどうぞ』と書かれたメモと共に置いてある。
複数の種類のカトラリーを使う順番に戸惑っていたラティはアシュレイに小声で使い方を尋ねていた。
他3人がぎこちなくカトラリーを操り料理を口に入れるのを横目に、エレンは慣れた手つきで料理を食べていた。
アシュレイがその様子を見ていると、エレンと目が合った。
────いつなのかは覚えていないけど、前に誰かに教えてもらったの。
異能を使ってエレンの意思を読んだアシュレイは、眉を上げて驚いた顔を彼女に見せた。
エレンはアシュレイとの間に置かれたスイーツ類へ手を伸ばした。
一番手前にあるいちごのタルトを取り食べた。
内部にクリームがたっぷりと絞られ、その周りをいちごが囲み、巻いたチョコレートの細い筒がチョコプレートと共にあしらわれている。
彼女はそれを一口かじった。
上に振りかけられていた金箔がふわりと落ち、口に入れたクリームの中からはとろ~っとキャラメルや細かく切られたいちごのドライフルーツや苺ソースが出てきて口の中を幸せで満たした。
エレンは想像以上の美味しさに手を頬に当ててうっとりした。
嬉しそうに食べるエレンを見て、アシュレイも思わず頬を緩ませた。
「僕も食べちゃお」
アシュレイが頬を緩ませたまま同じタルトを手に取った。
「あーん……」
アシュレイがエレンと同じ幸せに満ちた表情になる。
ふと視線を感じ、アシュレイは斜め前を向く。
ルークが彼をじっ…と湿っぽい目で見ていた。
アシュレイはぎょっとして手からタルトを落としてしまった。
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