1-13 おすそ分け、白光の城

エレンが怖い人ではなくてひとまずアシュレイは胸を撫で下ろした。



しかも話してみて知ったことだが、エレンの声は市場では全く聞き取れなそうなくらいに音量が小さかった。


昨日のバトルでも見かけたエレンの胸元の深い青色のネックレスは照明の光に反射してキラッと光っていた。





エレンとアシュレイはすぐに仲良くなることが出来た。

会話を弾ませながら、任命式が行われるアンヴァンシーブル城へと向かった。




途中エレンが立ち止まり、会った時に購入したチョコが入った箱のリボンをシュルっと解いた。

「一つあげる」とエレン。「どれか一つ、選んで」


「えっいいよ、僕は大丈夫だから」


一度断ったが、エレンが箱を両手で持ち、アシュレイをじーっと見つめるので


「え、じゃあ一つ貰おうかな」


と言ったら

エレンはまたふふっと笑った。


どのチョコも側面に金のラメが付いており、濃い茶色の固体と薄い茶色の固体の四角いチョコがそれぞれ対角線上に箱の中で整列していた。




アシュレイは薄茶の一口サイズのチョコを手に取り口に入れた。

カリッ…とチョコレートを半分に噛むと中からキャラメルがとろ~と出てきた。


「ん!キャラメルだ、すごくおいひい」


とアシュレイがもごもごしながらグッドサインを出すとエレンがニコッと口角をあげた。


エレンもチョコを一つ食べたらしく、片手を頬に当ててうっとりとした表情を浮かべた。


そんなエレンを見ていると心が和んだ。

この女の子がこの国一番の魔術師とは思えなかった。







二人で話しながら歩いていたらいつの間にか国王一家が暮らすアンヴァンシーブル城に着いた。

外側の城壁は真っ白なレンガで出来ており、とんがった屋根は緑がかった深い青色で、てっぺんには光のような幾何学模様の国章が縫われた旗が風になびいていた。




城本体の前に庭園があり、そのまた手前に豪勢な門があり両脇に鎧を着てやりを持った門番が立っていた。




「あの~僕達四聖星になるんですけれども、早めに着いてしまったのですが…」


とアシュレイが堅苦しい見た目の門番におずおずと話しかけた。

門番は鋭い目つきで彼をギロっと睨んだ。

「暗号をどうぞ」




随分用心深いんだな、とアシュレイは思った。

暗号ね……暗号………暗号!?

てっきり今の時代、城も顔パスで行けると思ってた!!




「えっ暗号?聞いてないんだけど……」


アシュレイがおろおろと動揺していると、隣でその様子を見ていたエレンが真顔で

「イチヨンイチゼロロク」と答えた。



「えっなんで分かるの」


「昨日のバトルの後、任命式の概要を係の人から聞いた時に暗号も一緒に言ってたよ。

何で一四一零六かは分からないけど、変装が得意な魔術師も多くてなりすましとかが続いていたから前の四聖星の頃から始まったシステムらしいよ」

とエレンが首を傾げながら言った。



「うっそ…そんなこと聞いた記憶全然無い…多分四聖星になれることに浮かれてた」


アシュレイは頭を軽く掻きながら答えた。




両脇に立っていた門番二人が

「どうぞお入りください。エレン様、アシュレイ様」

と言いながら深々とお辞儀をした。


すると、薔薇の花の模様があしらわれ、所々に宝石が散りばめられた豪華で大きいヨーロッパ風の門の扉がゴゴゴと鈍い音を立てて開いた。


エレンがその豪華さには謎に慣れた様子で、特に驚くことも無くすたすたと城の敷地内に足を踏み入れた。


「アシュレイも早く中に入りなよー」

と言い彼の腕を引っ張った。


アシュレイもエレンに促されるまま城の中へと入っていった。







アンヴァンシーブル城は外側と内側でがらりと雰囲気が変わって感じた。


門の外側から見ると警備が硬く近寄り難いイメージだったが、門を越えるとそこは花が咲き誇る庭園だった。





薔薇の植え込みが通路の両側に美しく咲いており、様々な模様の蝶がひらひらと飛んでいた。

アシュレイが花に顔を近づけると花のいい香りが鼻孔まで届いた。


薔薇は赤色の他に、ピンク色や黄色のもあった。

薔薇や蝶に囲まれてエレンと二人で広い庭園の真ん中まで来ると、白い石灰で出来た三段階の噴水から水が快く落ち、傍にオシャレなつた模様の白い椅子が何脚か置かれていた。




「なんて綺麗な庭園なんだろう。まるで天国みたい」


とアシュレイが呟くとエレンも花々を見つめて私も同じこと思ってたと言った。


噴水を過ぎると今度は薔薇以外の大小様々な種類の花々のアーチが続いていた。





綺麗な花園を抜けると城本体が目の前に姿を現した。

といっても城への入口の扉は数段上にあって、扉まで石段が続いていた。


階段を上るにつれて自分が四聖星シエルへと近づいているような気がして、アシュレイはかかとを弾ませて登って行った。


既に庭園内を散策するのに数十分歩き周った為、彼が横を見るとエレンの姿はなく、後ろを振り返ると彼女が階段の初めの方を辛そうな顔でフラフラと登っていた。


「大丈夫ー?頑張れー!」


アシュレイは口に両手をメガホンの形のように当ててエレンを励ました。






ようやくエレンがアシュレイに追いつき二人で城を見上げた。


アシュレイにとっていつもテレビでしか見たことがなかった城が今目の前に圧倒的な存在感を示し、思わず感嘆の声が漏れるほどの威圧感があった。


金属製の扉上部は半円になっており、薔薇や蔦の模様が彫られて色がついていた。天使のような模様もあり、壁画を見ているような気分になった。



アシュレイがその扉を押そうとすると手が扉につく前に、ガチャ…と勝手に開いた。


「うおぉ」


アシュレイが一瞬たじろぎ、ふとエレンを見ると彼女の目と合った。

彼は動揺を隠すように扉を向き、ぎごちない笑顔を貼り付け、ぎくしゃくと不自然な動きをした。


「行こっか」



城の中はとても広く、奥まで廊下が続いていた。

床にはレッドカーペットが敷かれ金の刺繍が施されていた。

廊下の左右にずらっと並ぶ部屋から、箱やら小道具やらを持った人たちが慌ただしく部屋を行き来している。



「ケーキはどこに置くの!?」

「こっちに持ってきて!」

「マントは!」

「まだ持ってこないで!」

と、あちこちから声が行き交っている。


二人は城の中に入ったもののその後何処へ行けば良いのか分からずに行き交う人達を目だけで追いながら呆然と立ち尽くしていた。







このまま廊下を突き進んでも、行き交う人とぶつかって迷惑をかけるだけであろう。

かといってここから声をかけても周りの音に掻き消されて誰も気づいてはくれなさそう…


と悩んでいると、唯一ドアが閉まっている部屋の扉が静かに開き、ふわふわした髪を耳に掛けながら優しそうな女性が出てきた。



その女性のミルクティー色の髪の毛先はほんのり桃色で、ダイヤモンドのような澄んだ目を長いまつ毛が縁どっている。


耳には小花のピアスが揺れ、裾が長い暖色の華やかなドレスを身にまとっている。


おっとりとした動作だが周りの人とはオーラが異なり、そこに佇んでいるだけでも文字通りに美しかった。






エレンもアシュレイも一目見ただけでその人の正体が分かった。


ふわふわとした柔らかい雰囲気の中に凛とした芯の強さも併せ持つようなオーラとあまりの美しさに二人ともその女性に視線が釘付けになった。




女性の頭には花形の宝石がちりばめられたティアラがのっている。



─────この国の女王陛下だ。


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