任命式

1-12 アシュレイ

今日は五月二日。エスペランスバトルの翌日だ。




守り神とされる四聖星シエルのいる四都市のうち、最も自然豊かな森に囲まれた場所──ピュルテのある家に今日正式に四聖星になる男の子がいた。

その名をアシュレイ・トーネソルといった。



アシュレイには小さな頃から抱いている夢があった。

彼の実家があるピュルテは自然が豊かで夜になると数え切れない程の星々が木々の間から瞬き輝く。


この惑星の中でも一番、星が綺麗に見える場所として有名なピュルテだが、その中でも特に星空が綺麗と言われているのが『ピュルテの丘』であり、その丘は神聖な場所として扱われ、四聖星以外立ち入り禁止になっている。



アシュレイは四聖星になって丘に登り、その世界一綺麗な星空を写真に撮って家族に見せたいと思っていた。





朝から早起きし、今日の任命式が待ちきれないとそわそわしていた彼は朝ごはんを食べ身支度を済ませ、ワクワクした気持ちで勢いよくドアから飛び出した。


「いってきまーす!!」


彼の母と兄が行ってらっしゃいというのを聞いて前を向いた瞬間に地面に転がっていた大きな石につまづいて転倒した。


「痛っっ!!」


な、何……?と石の方に目を向けるとフハッと鼻で笑う声がした。


「今年中学二年生になった奴が石で思いっきりコケてやんの、おっかしいや。転んだ瞬間撮っとけば良かったなぁ」


アシュレイの兄が玄関のドアに寄りかかりながらヤギのようにニタニタ笑って彼を見ていた。


アシュレイの兄はとてもイタズラ好きなため、アシュレイはこの大きな石は兄が仕掛けたものだと悟った。




数日前には、兄が塩と砂糖のそれぞれのシールを剥がして逆にし、アシュレイはそれに気づかずにコーヒーに塩を入れてしまった。

ごくりと飲んだと同時に


「ぶっ!!げっほごっほ…しょっぺ!!」


と吹き出した彼を見て兄は腹を抱えて笑い泣きしていた。




今回も弟を犠牲にした兄に腹を立ててアシュレイが言う。


「兄さん、こんなくだらない事してないで今年高校三年生になったんだから勉強でもしたらどぉですか?」


「まぁまぁそう怒らないで。兄さんが構ってあげてんだからちょっとは喜べよ」

と兄は猫撫で声で返した。




アシュレイはふんっと短く言って踵を返し、任命式が行われるアンヴァンシーブル城のある都市──スぺクタルフェリックへ小走りで向かった。

途中何度か転びそうになりながら。





アシュレイが城の方向に向かって走っていったことを確認して、アシュレイの兄は溜息をつきながらドアを閉めた。


四聖星シエルになったからって調子に乗るなよ」


ぼそっと口から出たその言葉は言った兄以外の誰の耳にも入らなかった。







緑の多い街『ピュルテ』と今日任命式が行われる都市『スぺクタルフェリック』の境界線には青色の細い線が引いてあり、その真上に経つと自分の魔力が不安定になる。




アシュレイは「よっと」とジャンプしてその線を飛び越えた。

中学二年生にもなって線を踏まずジャンプしてしまう子供心を持っているのは彼の長所でもあり短所でもある。



境界線を越えると視界に広がる景色が180度がらりと変わる。


木々に覆われたピュルテとは違い、スぺクタルフェリックは地球のヨーロッパのような街並みでお洒落な店や家々が建ち並んでいた。





この都市は惑星の中でも首都のような扱いで、国王一家が住むアンヴァンシーブル城や昨日バトルが行われた闘技場、エレン・ルーク・ラティ・アシュレイら四聖星シエルが通う、四都市の中でも飛び抜けて広い敷地を持つスぺクタルフェリック学園もここにある。



アシュレイがお洒落な街並みに見とれていると大通りの外れから甘い甘い匂いがした。


彼はズボンのベルトに付けていた懐中時計を見やる。

「九時五分か……」

任命式は午前十時から始まる。



ちょっと早く来すぎちゃったなと思いながらまだ時間に余裕があるため、

「どんなスイーツがあるかな」

と甘党のアシュレイは期待した様子で甘い匂いのする店へ向かった。






香りを辿ってみると溶けたチョコレートの柄の看板に筆記体でセ・シュクレ・ショコラと書かれた洒落しゃれている店に着いた。


カランコロンとドア鈴を鳴らしながら店内に入るとエレンが居り、チョコを選んでいたが話しかけるのに躊躇した。


昨日のエレンとの試合中にアシュレイは異能の『読心』を使ったが、普通は氷術ならば雪の結晶のように次に出す術のモチーフが視えるのにエレンの時は暗い背景に先が鋭い大型の剣や蔓延はびこる蛇、赤色の髪の少女が泣き叫ぶ様子が視えたものだから彼は彼女のことを怖そうな人と認識していた。


バトル中にバトルの事じゃないことを考えているのに圧倒的な魔法の力でトップに躍り出るなんて…エレンは一体何者なんだろうか。


「話しかけてみて冷たい人だったらどうしよう」




彼女の薄い花のような雰囲気に緩く巻いた髪を見ていると自然と惹き付けられてしまい、その魅力的な雰囲気と昨日の読心の結果を比べて話しかけるかどうか暫く迷った。


知らないで過ごすより知って仲良くすれば新しい発見があるかもしれない。

アシュレイは勇気を出して話しかけてみることにした。




チョコを選ぶのに夢中なエレンはツインテールだった昨日とは違い、ピンク色の髪をポニーテールに結び水色のリボンを付けていた為、今日の髪型はより大人ぽく見えた。


薄紫色のヒラヒラしたワンピースを着ていて、靴は焦げ茶色の編みショートブーツ。

エレンの私服が、お洒落なこの店内の雰囲気とよく合っていた。





アシュレイはそっと近づき、トントンと軽く彼女の肩を叩いた。

エレンは「ひゃっ」と言い後ろに飛び退いた。


「だっ誰……?」


アシュレイは「へっ?」と素っ頓狂な声を出した。

「え、あぁそうだよね、瞬殺だったから覚えてないよね……」


昨日の試合はすぐに勝敗がついてしまったから彼を忘れていても無理はなかった。




「僕はアシュレイ・トーネソル。君は昨日一位でこの都市の守り神になったでしょ?

僕は四位でピュルテの守り神になったんだ。同じ四聖星としてよろしくね」


と彼が言うと、

「あ…ごめんね忘れちゃって」

とエレンが気まづそうに目を逸らした。




「アシュレイもチョコを買いに来たの?」


「僕はチョコの甘い匂いに誘われて来たよ」


そう彼が答えるとエレンは「私も一緒」と言い、ふふっと笑った。


エレンは店の商品に目線を戻し、店員に「じゃあこれください」とチョコが四つ入った詰め合わせを指さした。






【お知らせ】アシュレイら四聖星のイラストを近況ノートの方に載せているのでそれと合わせてご覧下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る