1-4 赫色の瞳

「いつものアレ取ってきて」とエレンが言うと、

「はぁ...はいはい」

ハクは溜息混じりに渋々頷いた。


羽をぶるっと一振するとハクは透明になり、ファサッと風をたて『アレ』を取りに行った。





衣吹は信用出来る人柄だったのでエレンの過去を覚えている限り全て話したが、エレンの『魔術師ではない姿』を衣吹に実際に見せたことは無かった。姉のレオナにも。




エレンが歯をグッと強く噛み締めると心臓がドクンと大きく動いた。血流が速くなるのが自分でも分かる。

すると上の歯2本だけが剣のように鋭く伸びた形に変形した。



桃色の髪は毛先から徐々にカラスのように真っ黒な髪に変化し、黒に薄いピンクがかった瞳は深紅の目に染まった。



衣吹にも姉にも見せたことがない姿──それはヴァンパイアの姿であった。けれど生まれた時からヴァンパイアの一面を持っていた訳では無い。


『アイツ』に、ヴィルジールにやられたのだ。




蛇男ヴィルジールが住む城は言わば研究所のようなもの。



ヴィルジールは実験台にする人を別惑星から捕まえてきては改造し、気に入らなかったら捨てるころすという最低な奴だった。


姉はまだ改造されてはなかったが、エレンは身体にヴァンパイアのDNAを無理矢理入れられ改造された。





その時はまだ何処で産まれてどのようにあの研究所へ連れてこられたか覚えていた。


けれど改造されたらその衝撃で過去の故郷の思い出を忘れてしまった。

後に姉に教えて貰ったものの故郷がどんな場所だったのかが思い出せないのである。


母親の顔さえも忘れてしまった。




ヴィルジールが実験体にするのは決まって子供だった。子供の方が異種の血を掛け合わせた時に拒絶反応が小さいのだとアイツの家来に笑って言っていたのを思い出す。



エレン達姉妹の囚われた檻の周りにも子供の声がしていた。


笑い声は無く、ただ冷たい空間に子供が苦痛で泣き叫ぶ声が聞こえるだけだった。




子供を玩具おもちゃのように扱う蛇男ヴィルジールを姉妹は憎んでいた。しかし、反逆するものは首を掻き斬られ殺された。誰一人勝てなかった。





ヴァンパイアの姿を誰にも見せなかったのは『怖いから』だ。どこの国でも吸血鬼ヴァンパイアは悪魔の遣いと言われる。エレンは鏡に向かって口角を上げてみた。



「うん、怖い」



血のように赤い目に縦長の瞳孔、鋭い牙、両側に緩く赤い紐で結んである漆黒の髪を自分でも恐ろしいと感じていた。






モヤモヤと考えていたらファサッと羽の音がして窓の方を見ると、鋭い爪で赤い液体の入った小瓶をしっかり掴んだハクが透明な状態から近づくにつれ白色に戻って帰ってきた。


「おかえり、ありがとう」


エレンはハクから瓶を貰った。

階段を降りて一階のキッチンにストローを取りに行き、二階に戻るとその野球ボールくらいの大きさの小瓶を回し開けストローを差して飲んだ。




1ヶ月に一回程度、血が呑みたくてたまらなくなる発作があり、その期間には喉が渇いたこと以外考えることが出来ないほどに血に飢えてしまう。


魔術師の姿でいる時も勝手にヴァンパイアの姿に変化してしまう時もあるので飲める時に飲まないといつ発作が起きてもおかしくない。






二年前、衣吹と散歩をしていたら輸血所を見かけ、衣吹に聞くと


「魔術師の喧嘩は怪我が付き物だからね、怪我した魔術師がそこで血を輸血してもらうんだ。

病院の輸血もあの場所から貰ってくるんじゃないかな?

心優しいボランティアが献血に来るんだよ」

と言った。



ハクはその輸血所に置いてある小瓶を盗んで持ってくるのだ。





「ふぅ...」

血を飲み終わったエレンは瓶を机に置き両手を合わせ「ご馳走様でした」と言った。




見ず知らずの人の血を飲むのは抵抗があり、極力飲みたくないのだが飲まなきゃどうなるか分からない。餓死してしまうかもしれない。





「普通に生きたい...」




ベットに横たわったエレンの瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。







翌日はエレンはしっかりと学校へ行った。


国語、算数、理科など座学の眠い時間を過ごし、体育の時間は分野別の魔術の基礎練習。




この世の魔術は、[始まりの術]である『光術』と『闇術』から派生して出来ている。




この国は光術をつかさどる者が創ったと言われており、学生は光術から派生した魔術のうち、『緑術』『風術』『水術』『火術』『雷術』という[五大光派生術]を体育応用の授業で学ぶ。


といっても個人で得意不得意の差が激しい為、得意な術を選択してマスターするのだ。





五大光派生術の他に全員必修で身につけなければいけないのが[幻六げんむ魔法]と言われる魔術の中の一つ、『守術』だ。


日々の生活には怪我が付き物であり、個人個人で自分の身を守る為に五大光派生術の前に守術を覚えさせられる。





[幻六魔法]は『守術』『化術』『糸術』『鏡術』『音術』『時術』の6つで構成されている事からその呼び名がついた。


幻六魔法は光・闇どちらから派生したのか詳細が不明な魔法の名称であり、守術の他の5つは操ることが出来る魔術師が何百年も前に亡くなった為、術の発動方法を知るものは今現在この世に一人も居ないと花先生が前に教えてくれた。







エレンは[五大光派生術]を操ることの出来るシエルの卵だが、その中でも水術から更に派生した『氷術』が得意だった。


エレンは水術を選択したので、転校初日に仲良くなれた、水術を操る珊瑚サンゴと同じ班になった。


今日は水術を操って中に空気を閉じ込めた水風船バルーンを作った。






4時間目の授業が終わり、珊瑚と別れたエレンは共用体育館の中へそっと入った。体育館の中は広く、ここで歌ったらとても響きそうだ。




エレンは幼いながらに強い魔力を持っており、小さな水風船を作るのは息を吸うくらい簡単な事だった。

下の魔術師の実力に合わせて進む授業では物足りず今の実力を試してみたくなったのだ。





エレンは体育館の真ん中へ立ち、静かに目を閉じた。どうせなら大きくて細かいものを...。


想像したものを規模関係なく具現化出来る”異能”を持つエレンだから作れるものを...。


エレンはシャンデリアを想像イメージした。大きく氷でできた輝く水色のシャンデリアのイメージがはっきりとしたら両手を上に伸ばした。


グッと拳を握りしめ、全神経をその手に集中させる。体の血が沸騰するようにざわめいている。


エレンがパッと手を開くと同時にパキッバキバキバキ...という音が鳴る。


エレンの手の中に出来た小さな氷はパキパキと硬化音を立て徐々に建物の天井に向かって硬化しながら伸びていく。


天井に着くと同時に四方八方へ氷が手を伸ばし段々とエレンのイメージとそっくりな氷のシャンデリアに変化していく。あと少し、あと少し...







その時、閉めていたはずの体育館の扉がキーッと開く音がした。



後ろを無造作に振り返ると扉を開けたまま、天井に出来た大きなシャンデリアを見ながら驚いた様子で突っ立っている茶色の髪の男の子がいた。


「えっ...」


思わぬ来客にフリーズするエレン。





「あっ、危ないっ!」と言いながら紫色アメジストの瞳の男の子が走り近づいてきた。


エレンの顔に一粒のしずくがポタっと垂れる。


「冷たっ」


上を見ると同時にシャンデリアを完全に硬化しきるのを忘れていたことに気づき、氷と同じような色にエレンは青ざめた。



上を見た時にはもう氷でできたトゲトゲのシャンデリアは頭上1メートルまで落ちてきていた。


「きゃああぁっ!!」


そこからはコマ送りの映像のように感じた。

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