1-3 拾われた日、変わる色

ヴィルジールから逃げた場面で夢は終わった。



遠くから声が聞こえる。


「…レン、エレン!」





エレンは目を覚ました。

衣吹が心配そうにエレンを覗き込む。


「どうしたの?いつもより起きてくるのが遅いから来てみたら、すごくうなされてたから…怖い夢でも見た…?」




エレンが目を擦ると手に雫が付いた。

無意識に泣いていたらしい。

「3年前にお姉ちゃんと別れる日の夢をみたの。お姉ちゃんは、私を庇って…」


エレンの言葉はそこで途切れた。

涙がボロボロ出てきては止まってくれない。すると、衣吹がぎゅっと抱きしめてくれた。とても暖かく、ほっとした。





「今日は学校休む?つらい時は立ち止まってもいいんだよ」


エレンは迷ったが、

「うん、そうする」と言った。


朝ごはんを2人で食べ、いつの間にか制服に着替えた衣吹は高校に行ってしまった。







衣吹と初めて会ったのは2年前。

お姉ちゃんに別れを告げ、ヴィルジールのもとから逃げ出した後、エレンは風術を操りその惑星を飛び出した。


逃げてきた所を振り返ってみると、ヴィルジール達の居た惑星は赤黒い霧で覆われていた。

惑星自体が、ヴィルジールの禍々しいオーラを表しているようだった。


誰も追いかけてくる気配が無く、エレンは広大な宇宙で独りぼっちになってしまった。





辺りに誰も居ない、静かな宇宙に一人のエレンは急に寂しさを感じ、泣き出した。

落ちてく涙は遠くにあるブラックホールへ吸い込まれていく。




くよくよしていても何も始まらない、何処どこか近くの別の星へ行こう。

エレンは風術を操り、周囲の空間を歪ませて泳ぐように別の星を目指した。



そして今エレンが暮らすこの惑星に着くまでに一年かかった。魔法使い達が暮らすこの惑星は大きく4つの都市に分かれていた。






エレンがこの星に辿り着いた時にはもう体力が残っておらず、その上、その日は雨だった。




ぼろぼろの所々破けた、汚れた服を着て道の端でエレンは寒さをしのぐようにうずくまった。

傍を通った人に「ヤダ何この子、汚らしい」

と嫌な顔をされて言われた。


雨の中薄着だったエレンは寒い中、歯をカタカタ震わせながらじっと耐えていた。


行くあてもなく、何をすれば良いのかも分からない。





意識も朦朧もうろうとしていたところ、傘を差した少年が「大丈夫?」と声をかけてきた。その少年が衣吹だった。



衣吹の話し方は穏やかで、エレンを檻に閉じ込めた蛇男ヴィルジールと大違いだった。


「お母さんは?ここで何をしているの?」


エレンは、衣吹の顔を見て震える口で苦し紛れに言った。



「…たすけて……」



衣吹が家に連れていってくれて、エレンに毛布をくれた。暖かいココアもくれた。


次第に身体が温まってきて、エレンはこれまでの事を話した。


ずっと違う国に居たけど、気づいたらヴィルジールの居る惑星に連れてこられていた事、

ヴィルジールに酷い虐待を受けていたこと、

近くの檻に居る別の国出身の子供と仲良くなった事、

1週間後に檻から出されてヴィルジールの家来に連れ去られたその子はその後帰って来なかった事、

ヴィルジールの居る惑星で起きた事を思い出せる限り話した。




どうせ信じて貰えない、そうエレンは思ったが、心優しい衣吹は素直に信じてくれた。




過去を話した後、部屋の棚の隅に飾ってある写真に目がいった。

エレンは衣吹に写真に写っている人達は誰なのか聞いてみた。

その時にエレンは、衣吹の亡くなった家族のことを知った。



写真の中に、両親らしき人の間に挟まれて無邪気な笑顔を浮かべている子は衣吹の妹の日葵ひまりであり、その子がエレンと同い年の頃に病気で亡くなったと聞き、エレンは心の中に霧雨が降ったような悲しい気持ちになった。


「いつも落ち着いていて、そばに居ると安心した。落ち込んでると、その写真みたいにニコッてして励ましてくれた」


衣吹は揺れるカーテンをぼんやり見ながら言った。


エレンはその衣吹の横顔を見て、姉のレオナを思い出し、胸がキュッと締め付けられた。


エレンはそれ以上、衣吹の家族については聞かなかった。


苦い思い出を掘り起こし、恩人である衣吹を傷つけたくなかったから。




───そうした月日を経て、今に至る。




・ ・ ・




エレンは衣吹が学校に行った様子を2階の自分の部屋の窓から確認した後、自分の部屋(元は日葵の部屋だったらしい)の勉強机の上に置いてあるフクロウの置物を横目に見た。





その置物は雪のように白く、羽の模様が掘られており、首には紺色の艶やかなリボンが結われ、結び目にはハート型のきんに青く輝く宝石ラピスラズリのチャームが付いている。



目の部分にはダイヤモンドのようにキラキラする宝石が埋め込まれていた。



エレンが「ハク、もう行ったよ」と声をかけると置物はファサッっと白い羽を生やし、大きく真っ白な本物のシロフクロウの姿になった。




「あ〜、ずっと置物の姿だと肩こるわぁー」


と文句を言いながらそのフクロウ、すなわちハクは羽を毛繕いし始めた。


ハクはエレンがつくった動物だ。





一般的な魔術師は何かを操る事は出来ても、何かをつくる事は出来ない。


けれどエレンは複数の魔法を操れる上に、想像したものを具現化する特殊魔法も生まれつき操ることが出来た。




エレンの姉であるレオナもその特殊魔法が使えたが、そこまで規模の大きいもの──言い換えると”命を持つもの”などは作れなかった。


エレンがハクをつくったのはこの街に逃げてきたあとであり、ハクのことを衣吹は知らない。



真っ白だから名前はシロにしようと思ったが、それだと犬っぽい名前になる為、音読みのハクにしたのだ。


大きく変化したハクの首にも青い宝石ジュエリーが輝く。

『星空』の意味を持つ、姉も自分も好きな『ラピスラズリ』をリボンに付けてハクの首に結んだのだ。(ハクは嫌がっていたが...)





エレンがいつも肌身離さず身に着けている青い宝石のネックレスもハクの青い宝石と同じような色形をしているが、エレンのネックレスの宝石は、まだヴィルジール達に襲撃されて檻に入れられる前の、故郷の国に居た時にレオナがエレンとお揃いで作ってくれたものだった。






よく二人で遊んだ花が咲く庭である日、


「これ、お揃いでつくったの!片方エレンにあげるね!」


と満面の笑みでレオナがその物をエレンの小さい手のひらに渡した。


「お姉ちゃん、なぁに、これ、綺麗だね」

エレンがパッと表情を明るくして答える。



「これは気持ちで色が変わる宝石で、エレンが悲しんでる時にこの宝石見て青色だったらすぐに気づいてあげれるでしょ、そしたらぎゅって抱きしめてあげる!」


と当時4歳だったエレンに8歳のレオナが幼い子特有のあどけない笑顔でこの宝石をくれた思い出が鮮明に蘇ってくる。






「あれから2年も経ったのね.....」


自身の胸元に光る宝石を眺めながらぽつりと漏らすエレンの言葉をハクは気にも留めずに羽繕いしている。


貰った当時はダイヤモンドのような純粋無垢で透明だった宝石は、今ではもう澄んだ色だった日々を忘れたようにただ深海のように深くあおい宝石としていた。



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