1-2 プロローグ②
エレンは花先生に軽く学校を案内してもらった。
この学校は、初等部・中等部・高等部で建物が分かれているが体育館は共同らしい。
小中高を繋ぐ廊下を歩いていたら、中学生が廊下を走っていた。
「こらっ、廊下は歩きなさい」という花先生は怒ってはいるものの声は優しく、中学生はその言葉を気にも止めない。
「中学生になると小学生よりもやんちゃな子が多くなって、私が怒っても全然言う事聞いてくれないのよ」と花先生はため息をついた。
そりゃそうだ、とエレンは思った。
初等部の2-Aの教室に着くと、中から「転校生来るらしいよ」「男?女?」「なんの魔法が使えるんだろう」「可愛い女の子だといいなぁ」というクラスの声が聞こえてきた。
エレンは少し緊張で足が震えた。手に『人』の文字を書いてパクッと食べるフリをした。「こうすると緊張しないよ」と前にお母さんに教わったのを思い出したのだ。
最初に花先生が教室のドアを開け、エレンがみんなから見えないように先生だけドアからひょっこり顔を出した。
「みんな~、このクラスの転校生ちゃんを紹介しまーす!みんな早く会いたいと思うでしょう。でも席にちゃんと着かないと紹介しないよ~。
…はいっ、じゃあみんな着いたかな。
転校生ちゃんどうぞ~!!」
花先生がドアをガラッと開け、エレンが緊張しながら静々と教室に入った。
花先生は黒板に『エレン・シャルムちゃん』と書いた。
先生に頼まれ、エレンが軽く自己紹介をすると、クラスのみんなが興味津々な目で彼女を見てきた。
多くの人に見つめられるのは何処か懐かしさを覚えるのだが、その記憶が
思い出そうとしても輪郭が歪むように曖昧でぼやけている。
その後は質問タイムに入り、みんなが一斉に我こそはと手を挙げ、一番挙げるのが早かったと思われる人を先生が指した。
最初の質問は『なんの食べ物が好きか』という普通の内容だった。
エレンは「甘いものとハンバーグが好きです」と言った。
次の質問は『なんの魔法を操れるのか』というものだった。
エレンは生まれつき色んなものを操ることが出来たので、
「どれも同じくらいに操れます」と言った。
その途端、それまで騒がしかった教室は物音一つ聞こえないぐらいに静まり返った。
エレンはなぜみんながびっくりしているのか分からなかった。
口をぽかーんと開けたまま閉じようとしないクラスメイトを見て、何か変なことでも言ったかな、とエレンは思った。
シーンとした静かな空気が二、三秒漂った後、1人のクラスの子が大きな声で
「シエルの卵だ!!」と言った。
「し、・・・シエルの卵?」
初めて聞いた言葉に戸惑うエレン。
彼女は学校というものに通うのが初めてな為、自分以外の魔術師が、多くて二種類の魔法しか操れない事を知らなかった。
花先生が「あとの質問は他の時間にしてもらって、授業が始まるから、エレンちゃんは後ろのあの空いている席ね」と言い、エレンはその席についた。
みんなからの視線が痛くて縮こまるエレン。
前の席の女の子に小声で「シエルの卵って何?」と聞いてみた。
その女の子は薄黄色の髪を一本に編んで片側に垂らしており、星型のピンをこめかみの近くの前髪につけていた。
女の子はエレンの質問に丁寧に答えてくれた。
「『四聖星』って書いて『シエル』って読むんだけど、シエルは中学一年生から上の年齢の人で、魔法でバトルして4位以内に入った4人のことをいうの。
シエルになる為には技のバリエーションを増やさないといけないんだけど、生まれつき色々な術を操れる人はシエルになる確率がぐんとアップするから、その人たちの事をシエルの卵っていうのよ。
シエルの卵の人以外はほとんどが、術は一、二種類しか操れないのよ」と女の子。
「へぇ~、そうなんだ…!四聖星って書いてシエルって読むのかっこいいね。色々と教えてくれてありがとう。
えっと、名前なんて言うの?」とエレンが言うと、
「あたしの名前は珊瑚って書いてサンゴって読むの!
あたしは『水』を操る『水術』を使えるんだ。これからよろしくね、エレン」
と珊瑚は歳に合った屈託のない無邪気な笑顔で言った。
話しかけやすいオーラの子が近くの席で良かった。
今日の5時間の授業が終わり、珊瑚と途中まで一緒に帰った。
話してるうちに、珊瑚にもお兄ちゃんがいることを知った。
珊瑚も前に引っ越してきたのだという。
エレンと衣吹は血が繋がっていないけれど、珊瑚とその兄は血縁関係。
エレンは血の繋がった家族が今の生活に居ないことを寂しく思った。
交差点で珊瑚と分かれ、エレンは家に帰った。その日は明日の授業に備えて早めに寝た。
─────そして、ある夢を見た。
その夢は3年前、エレンの実の姉と生き別れになった日の事だった。
姉の名はレオナ。艶のある赤色の髪をなびかせ、エレンをいつも守ってくれる勇敢で強く優しい姉だった。
夢の場面は、檻の中から逃げ出すところであった。
エレンとレオナが囚われている檻の周りは松明の薄暗い光で点々と足元が照らされている。
レオナは指先で炎を操り、檻の鉄の棒をゆっくりと溶かしていく。エレンは溶けた鉄の棒を魔法でぐにゃりと曲げて、逃げる為の出口を広げている。
2人の周りには誰も居ない。
姉妹はひっそりと檻から出た。もうこんなに暗く寒く怯えて生きていくのは嫌だ。
食べ物もろくに貰えず、姉妹は骨が見えるほどに痩せ細り、他の檻に閉じ込められていた他の子達も、日に日に数が減っていった。
二人は魔法を器用に操り、あと数メートルでこの建物を出るところまで来た。レオナは見張りをし、エレンはドアを開ける。
5歳のエレンの小さな体で、高さがそれなりにある鉄の扉を魔法を使いながら開けるのはとても力がいるものだった。
エレンは少しずつ開けていたが、その時、
コツ、コツと奥から足音が聞こえてきた。
レオナもエレンも顔が青ざめ、レオナが
「だだ誰か来ちゃうよ!」
と言った途端、エレンは丁寧さよりも焦りの方が勝ってしまった。
分厚く、大きい扉は「ギギギギ・・・」という鈍い音を立て開いた。
建物全体を震わせる音がしたものだから、監獄のような不気味なこの研究所にいる大人達は形相を変えて全速力でダダダと走ってきた。どの男の人も武器を持っている。
武器を持った男の人達の後ろから1人だけ違う威圧感を放つ男性がコツコツという足音と鎖を引き
「ヴィルジール様!」
家来達は素早く跪く。
その男の髪は毛先に向かって紫色に染まってぼさぼさな髪型であり不潔な見た目だった。
頭部左側にはコウモリのような黒い片翼が生えている。
顎には髭を生やしており、首には黒い蛇が巻きついており、服は金のチェーンがジャラジャラと付いて、黒っぽい生地に目玉の模様が施されており、その模様のいくつかがギョロギョロと気色悪く動いていた。
ヴィルジールの目は吸血鬼のように赤く、瞳孔が猫のように縦長だった。
「ひぃッ」
エレンは短い悲鳴をあげ、姉の後ろに隠れた。
ヴィルジールは姉妹を見て不気味な笑みを浮かべた。
「何の騒ぎかと思ったらドブネズミが逃げようとしていたと、ハハ、面白い。
いい度胸じゃねぇか。
逃げられると思うなよ、まあ、いきなり殺すのはつまらねぇ、お前らの最期の言葉くらい聞いてやる」
とヴィルジールはニヤニヤして言った。
「なら話させてもらうわ」とレオナ。
声が震えている。
「私は捕まってもいい、けど、妹には手を出さないで。エレンを見逃して。お願い」
レオナの頼みにヴィルジールは首をゆっくりわざとらしく傾けた。
「は?言葉を聞いてやるとは言ったが、望みを叶えてやるとは一言も言ってないぞ?
・・・まあいい、俺は顔を歪めて泣き叫ぶやつを見るのがゾクゾクして楽しいんだ、面白い、
ならお前の言う通りそいつを放してやろう、子ネズミ、後に、俺に憎しみをぶつけに来れば良い」
ヴィルジールが髭を擦りながらそう言うと、彼の首に巻きついている毒蛇が脱力するようにぶら下がり、姉妹に「シャー!!」と威嚇した。
エレンはビクッと目をつぶってしまった。
「おいおい、ビビってるのかぁ?姉は貰ったぞ」とヴィルジール。
エレンは「えっ・・・」と言って目を開けた。
太く黒い毒蛇はレオナの体に巻きついていて、口を開けよだれを垂らしている。あの鋭い牙で噛みつかれたら即死だろう。
レオナが「エレン!!逃げて、走って!!」と叫んだ。
ヴィルジールが「あと10秒数える間に逃げなかったらお前も餌になって貰う」と言った。
「10」
ヴィルジールがカウントダウンを始めた。
逃げなきゃ、そう思っても震える足が言うことを聞いてくれない。
「9、8…」
「エレン、早く!」
「7」
エレンは唇を噛み締めた。
自分にもっと力があればお姉ちゃんを救えるのに。
「6、5」
エレンはレオナに謝った。
「お姉ちゃん、ごめんなさい、いつか、私が必ず仇を打つから!!」
「4、3」
エレンは建物を飛び出した。
「2、1」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
エレンは大声を出し、とにかく力が尽きるまで全力で走った。
涙でぐちょぐちょに乱れた顔をそのままにして。
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