星降る夜空と夜明けの光

衣都葉雫

第1章 闇と光

四聖星

1-1 プロローグ

遠くから何かの音が聞こえる。


しばらくするとその音は目覚まし時計の音で、耳のすぐ近くで鳴っていることに気がついた。



・・・バチッ・・・



少女は時計の上のボタンを叩いた。

むくりと起き上がり部屋の窓を開け、寝ぼけまなこであくびを一つ大きくした。

窓から見える萌葱色の木々には小鳥たちが挨拶をするようにさえずっている。


少女の名はエレン。魔法の国で暮らす8歳の女の子だ。




エレンは、白いシャツに、ベストとスカートが繋がった濃い緑色の服を着て、緑色のラインが入ったレモンイエローのリボンを胸元に結んだ。


しわ一つ無い真新しい制服に着替え、鏡の前に立って一回ふわりと回ってみた。

茶色の生地に緑色の線が入ったチェック柄のスカートがひらりと舞った。


エレンの薄ピンク色の髪は水色のリボンでツインテールに結われている。少し笑ってみたがその笑顔はどこか悲しげだ。




エレンは身支度を済まし、ぱたぱたとスリッパの音をたてて一階へ降りた。


一階のキッチンには、青色を基調としたネクタイの高校の制服を着た衣吹いぶきが朝ごはんの支度をしていた。

ウィンナーやパンを焼いている朝の匂いがエレンの鼻腔をくすぐる。


「お!似合ってるよ、その制服」

と衣吹が言った。


エレンは「そ、そうかな・・・」ともじもじしながら小さい体をさらに縮こまらせ、恥ずかしそうに顔を赤らめた。



エレンはリビングの椅子に座り朝ごはんを待ちながら衣吹を見た。

衣吹のうす茶色のさらさらの髪が、窓から入るそよ風に揺られている。




衣吹とエレンは血が繋がっていないが、エレンは衣吹のことを優しいお兄ちゃんとして慕っている。


衣吹の実の妹は病気で亡くなり、エレンと同じ歳だったそうだ。だからエレンが妹に見えて仕方ないのだと言う。


リビングの片隅に置いてある写真立てには衣吹の両親と、衣吹と、衣吹の実の妹が笑顔で写っている。

衣吹の両親は不慮の事故で亡くなり、衣吹1人で暮らしてる時にエレンを拾った。




しばらくすると「おまたせー」と、サンドイッチがテーブルに運ばれてきた。レタスとハムと卵と特製ソースの衣吹スペシャルサンドイッチだ。


「いただきます」


エレンはサンドイッチを美味しそうにほおばった。

「新しい学校、はやく慣れるといいね」と衣吹がエレンの顔を見て微笑んで言った。

あまり自分から喋ることを得意としないエレンを衣吹は訊かずとも理解していた。


衣吹も両手を合わせ「いただきます」と丁寧に言葉を口にした。ウィンナーとレタスが挟まったサンドイッチを幸せそうに頬張る。


エレンがその様子をじっと見ていると、パチッと衣吹と目が合う。慌ててエレンが目をらす。

「美味しい?」

衣吹が優しげに笑みを浮かべて訊いた。

「うん、美味しいよ」

エレンが首を縦に振って答える。


「ふふっ、よかった」

衣吹が頬を緩ませ、また一口サンドイッチを口に入れた。

この家の朝はとても静かだが、エレンにとっては陽だまりに包まれたような安心感があった。




エレンはサンドイッチを食べ終え、衣吹から学校への行き方が書いてある地図を貰った。


衣吹に「行ってきます」と言い、エレンは家を出てポケットから貰った地図を取り出し、見て確認しながら大通りに出た。


色とりどりの屋根の建物は見るだけで自然と胸が高鳴る様な気がする。街の明るさが店の装飾の多さや色合いに表れている。

様々な種類の店が並び、どの店も子供から老人まで年齢の壁を越えて賑わっていた。



エレンは通学鞄にぶら下がっている時計を見やった。


「わっ!時間が無いっ」


エレンは時計を鞄のポケットに突っ込み、早足で学校へと向かった。




・ ・ ・




学校はとにかく大きく、お城のようだった。


薄茶色の壁に深緑色の屋根のその建物はいかにも歴史が長いような感じがする。



小学生のエレンの身長の四倍近くの高さがある豪勢ゴージャスな鉄製の門の両側には、ギリシャの神殿の白い柱のようなものがあり、その柱の上には石で出来た太陽と月のオブジェがずっしりと乗っている。

どうやらこの学校のシンボルは太陽と月みたいだ。



月の石が乗っている右側の柱には『スペクタル・フェリック学園』と彫られていて、左側の太陽の柱は学生証をあてる四角形のマークが自分の存在を主張するかのように光っている。




エレンが学生証をあてるとギギギ…と音をたてながら門が開いた。エレンはこれから始まる生活に期待し、目を輝かせながら門をくぐった。



門をくぐる前から建物の大きさや色は見えていたが、くぐる前後ではまた違う景色が楽しめる。


”コ”の字の校舎の中央校舎の真ん中にはロンドンのビックベンと呼ばれる鐘の塔のようなものがあり、その塔には太陽の光を取り込んで煌めくステンドグラスの窓や時計がついている。


「すごい……綺麗……」



エレンは学生証を仕舞い、視線を左右に泳がせて学校の装飾を視界に入れながら職員室を目指した。



校舎の中は明るく、外の例年より少し暖かい四月の気候を忘れてしまうような快適な温度だった。

廊下を歩いていくと、突き当たりに『職員室』と書かれた木札がドアの上に固定された部屋があった。




エレンがドアを開けようと、ドアのふちに手をかけた瞬間、勢いよくドアが開き、大人の女性が目の前に飛び出してきた。



二人とも直ぐに「うわぁぁぁ!?」と大きな声を出し、数秒間互いに硬直した。



先に口を開けたのは女性だった。

「ん?初めましての顔だね。あっ!もしかして転校生ちゃんかな?」

「あっ、えっと、初等部の2-Aに転校してきたエレンと申します」


「おお!私の担当するクラスよ!私のクラスに女の子が来るとは聞いていたけど、あなただったのね!私は2年A組の担任の長月ながつきはなといいます。よろしくね、エレンちゃん」


長月と名乗る先生がぱっちりした目に艶のある茶髪を揺らして微笑みながら言った。

見る限り、厳しい人では無さそう。


「よろしくお願いします」




エレンも、幼い子らしい、くりっとした黒い目を先生に向けて薄ピンク色の髪をそよ風の流れに任せ、ぺこりと頭を下げた。



花先生は周りに花々が飛んで見えるような、ほんわかとした優しい先生だった。


石鹸のいい匂いがするこの先生はきっと自然や小動物を操る魔術師だろうなとエレンは思った。この先生がドラゴンを操るとはとても思えなかった。






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【お知らせ】

星降る夜空と夜明けの光 一話を読んでくださりありがとうございます。この物語は大きく分けて二章ですが長い長い小説となっています。まだエレンと衣吹しか出てきておりませんが、ルーク・ラティ・アシュレイの主要キャラ三人も出てきて初めてお話が本格的に始まる感じです。

近況ノートの方には自身が描いた補足資料としてイラストを載せているのでよければそちらもご覧下さい。




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