前の四聖星

1-22 ある人の家

「ふぅ、今日は都市巡り楽しかったなぁ!」


エレンがさっきまで四聖星シエルのメンバーで巡った街の様子を思い出しながら伸びをした。




自宅のある都市──スぺクタル・フェリックへ徒歩で帰る途中、幼い頃に姉のレオナに貰った、色が変わる宝石のネックレスが突如より一層煌々と光りだした。



「眩しっ!…どうしたの!?」


とエレンが胸元のそれを覗き込んだ瞬間、ネックレスはまるで意志を持ったかのように彼女の首を、とある場所を目指して引っ張り始めた。




「ちょちょちょちょちょちょ……!」


段々歩きから走りに変わり、ネックレスが強引に引っ張る力も大きくなり、速度もぐんぐん速くなった。


市場などが並び、街の人で賑わっている大通りを猛スピードで駆け抜けて行くエレン。



「ととと止まってーーー!」







しばらく走り続けて、脚がもつれ彼女の意識が遠のきかけた時、ネックレスが急に止まった。



「んぐえ」

ネックレスのチェーンに首が絡まる。



肩で荒く息をする彼女の首に掛かるそれは急に電源がオフになったように光を無くして大人しくなった。

「なんなのよ、もう……」





荒くなった呼吸をどうにか整え、顔を上げると辺りは廃れた住宅街のような場所だった。


家々には雑草なりつたなりが複雑に絡み侵食し、街路樹は葉が落ちて枝だけになっており、五月なのに冬のように閑散としていた。


人がいる気配も全くなく、空もここだけ分厚い雲が覆っていて暗く不気味だった。





そしてネックレスが連れてきたかったであろう前方には周りの建物より一際大きく重厚そうな外観をした、赤レンガ造りの三階建ての一軒家。

窓が正面だけで五箇所以上あり、横に三棟に分かれているような見た目をしていた。





二階に玄関があり、それに手すり付きの階段が繋がっているが、長期間誰も来ていないのか、ちりほこりが積もっている。



立派な造りのその家(というか館に近い)からはいかにも歴史がありそうな雰囲気をひしひしと感じた。

洋館風で、掃除すれば真紅の薔薇が似合いそうだと彼女は思った。




気付いたら玄関の前まで段を上っていた。

ドアに取り付けられた、アンティーク調の装飾が施されたドアノッカーの鉄のリングを持って扉に三回打ちつける。


「誰か居ませんかー」

待つも物音ひとつしない。


「まぁそうよね、居なさそうだもの」



エレンがダメ元で戸を押すと鈍い音を立てて開いた。「え、鍵掛かってない……」



無断で他人の住居に侵入するのはこの国でももちろん罪に問われるが、エレンは何だかこの家に"入れ"と言われている気がした。


ネックレスがここへ連れてきた訳も知りたかった。





「おじゃましまーす……」

エレンは建物の中にそろりと足を踏み込んだ。



廊下には長いカーペットが敷いてあるが、大きな埃の塊がいくつも転がり、天井のシャンデリアには立派な蜘蛛くもの巣が掛かっていた。



────クモの巣……あの子、今頃どうしてるかな……



彼女はヴィルジールの城の中でかつて檻に囚われていた時に出会った、糸を操る内気な男の子を思い出した。





館のような家の内装も、貴族が住んでいたのか細部に豪華な装飾がされていたが、そのどれも長年使用された跡は無かった。





するとビュオッと廊下を一筋の風が吹き抜けた。

両側に部屋が延々と続く中、エレンの足が自然と一つの部屋へ導かれた。



「懐かしい……」

エレンの口が勝手にぽつりと無意識に言葉を言い、彼女はその言葉の意味が分からずに一人で混乱した。



勉強机に、レースのついたカーテン、紅色のベッドに光の紋章の小物入れ──────。


誰かが住んでいた形跡が、確かにそこにあった。





「一体どんな人が住んで────」




その時、エレンのスカートのポケットに入っていたスマートフォンがブブッと揺れた。


画面を見ると『衣吹』からのメッセージ。


『今日は何時に帰ってくるんだっけ?おやつ用にアップルパイ焼いてみたんだけど…』



「アップルパイ!」

エレンはすぐさま『食べる!!すぐ帰ります!』と文字を打ち込み、ポケットにしまった。




「衣吹に訊けば、この家の人のこと何か分かるかも!」



エレンは帰り道を急いだ。


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