1-9 食わず嫌い

これまで何人も余裕で倒してきたのに、最後の四人だけになると一気に難易度が高くなるんだなと思いながら、ルークの背中を一筋の汗がつーっと垂れて行った。



ラティが次の技を出す為に鳴らした指の音と同じタイミングでルークは素早く辺り一面を霧術きりじゅつを使って覆った。


地面を蹴って後方に跳び、ラティから距離をとる。




観客席の方から

「おいっ、これじゃあバトル見れないじゃないか」

という文句が飛んできたが、見せる為に戦ってんじゃねえよとルークは頭を搔いた。


前方に目を向けると遠くでぼぅっと灯る火の玉がうろうろしていた。





立て続けに他の種類の術を行使しないことから、きっとラティは雷と火しか操れないのだろう。


ルークは水術を使い、左手で一つの丸い泡を作り、そこにフーっと息を吹きかけた。


中に小さい波が現れ、瞬き一つする間にその水の入ったやわいボールは直径三メートルの大きな水の球になった。


ルークがスマホを上にスワイプするように指を動かすと、大きな水の入った玉はラティの方に飛んで行き、火の玉の上空で風船のようにパンッと弾けた。





中から溢れ出した大量の水は地面に着くと同時に津波となってグラウンド一面にドドドドドドという地鳴りと共に流れ広がった。

余った水はグラウンドの端の壁に跳ね返り、激しく水飛沫みずしぶきをあげた。


波が地面に吸い込まれ、次第に霧が引いてくると周りのモヤも消えてきた。





ラティがびしょ濡れの状態のまま倒れている。


1秒、2秒、3、

(ラティは立ち上がろうとしていた)、

4、5…

倒れてから5秒経ち試合終了のブザーが鳴った。




係の人が毛布を持ってラティの元へ駆けつける。

少し派手に攻撃し過ぎたかもしれない。



ラティは係の人に支えられながらなんとか立ち上がった。

彼はこちらを見て、少し恥ずかしそうにしながらへにゃっと力の無い笑顔を見せた。







他の係の人に「ルーク・フォルスさん、戻ってください」と言われ、その場を後にした。


戦う相手が絞られ、瞬きする間に横に居たラティに負けることに焦っていたのかもしれない。


やはり四聖星の卵と、一般の魔術師では攻撃の威力が違いすぎるのだろうか。

フラフラと立ち上がるラティを見て、ルークは少し本気になってしまった自分に後悔した。




………ガチャッ…と待機所のドアが開いた。毛布を頭から被ったラティがヘヘッと笑いながら、さっきの敗北なんて忘れたとでも言うように普通に入ってきた。


「あの、…さっきはごめん」


ルークが謝ると、


「え?何が?」


とラティが素っ頓狂な声をあげた。


「何がって...水術の威力強すぎたから、怪我とか、危険に晒したっていうか...」


「ああ、なんだ、そんなことか。」


ラティは毛布で髪をわしゃわしゃと乾かしながら言葉を続ける。


「まあ、威力が強かったけど、オレは手加減されるほうが嫌だよ。そっちも嫌だろ、手加減されて勝つのは。

本気でぶつかってこそ男の勝負じゃん?いろんな術使ってたし、四聖星の卵だろそっち、でもだからって遠慮する事は無いよ」


と、ラティはルークの目を真っ直ぐ見てはっきりと言った。





意外だった。こんなチビで馬鹿そうな黄髪色の男が、こんなにも真っ直ぐでまともな言葉を言うなんて。



──『ルークは食わず嫌いが多いぃねぇ。何でも見た目で判断すると、実際はいいものだったことも知らずに一生が終わっちゃうよ、それは、とても、寂しいことだよ』──



ルークと亡き祖父の最後に交わした言葉が、真っ直ぐと見つめるラティの緑色エメラルドの瞳を見て蘇った。



──”食わず嫌い”か───



バトルでは勝ったのに、何故か負けた気がした。




「最後の水術の技、すっげぇかっこよかったぜ??」



黄緑色エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、鼻の穴を広げて興奮した様子で言うラティに

「ありがと」

と変わらない口調でルークは応じた。





ラティが手をグーの形にし、ルークの目の前に突き出す。

「オレはラティ・クラージュ。ラティって呼んでくれ!!」


……きっとこれが彼なりの自己紹介なのだろう。


「俺はルーク・フォルス。多分お前より年上だと思う」

ルークは淡々と言い、ラティとグータッチをした。

「えっ何年?」とラティが聞く。

「中三」とルーク。


「オレは中学一年……なんか、タメ口で話してごめん」

とラティが謝ったが、数秒後、


「…ちょっと早く生まれただけで数歳の違いなんてそんな変わらなくね?」


とラティが手を顎に当てて考えるポーズをしながら言った。


開き直ったなコイツとルークは思った。




そのとき、斜め上に設置されたモニターから歓声が上がった。


モニターを観ると、ピンク髪の女──エレンと、ラティとさっき話していた黒髪のベビーフェイス男の試合が今始まったところだった。



ピンク髪の女───エレンが黒髪男に炎の魔法を使った。黒い髪の男は風術を使い、炎ごとエレンに押し返す。



ラティは試合をモニター越しに観戦しながら、


「あの黒い髪で背がオレより高い人はアシュレイ・トーネソルっていう名前なんだってさ。

植物と風が操れて、しかも人の考えてる事が分かっちゃうらしいぜ!

まだ待機所にたくさん人がいた時にオレがアシュレイに話しかけて雑談してたらアシュレイが『心を読める』事を知ってさ、実際に試して貰ったんだよ。

そしたらさ、ぜ〜んぶ当たっててさ、凄かったんだぜ!」


と、目をキラキラさせて言った。



ルークは落ち着いた口調で、

「俺、まだアシュレイと戦ってないけどそれ、ネタバレだよね。向こう困ると思うけど」


といつもよりも低い声で溜息混じりに言った。


「え何が?」とラティ。


「心を読めるってことは相手が出そうとしている術を察するのと同じ。戦う前に知ったら俺は意識に反して戦って向こうを不利にすることも出来る。

まぁ、思想を読み取るのか、神経の信号を読み取るのかで戦い方は変わってくるけど。

それにしても使える術の種類まで言うのは流石さすがにナイわー」


とルークは冷たい目で表情を変えずにからかい口調で言った。





「……え」


ラティは目を見開き、今やっと自分がやらかした事に気付いたらしい。


「うわ~!!」


と言いながら頭を抱え、”明日この惑星は滅亡する”とでも言われたかのような勢いでドタドタ走り回っている。


「アホか…お前…」


とルークが呆れ顔で呟くとラティが自分に向かってジャンプしてきた、と思ったらそのまま空中で土下座をし、そのポーズのまま着地した。


勢いよく着地したので床に頭をぶつけてゴンッという鈍い音が響く。




ルークは表情をあまり変えていないが、正直ラティの謎めいた行為にドン引きしていた。


「ルーク様、さっきのオレの言葉をお忘れなさって下さい」

とラティが言う。


会社の上司にこんな謝り方したら即クビになると思うけど。



その時、待機所のドアをコンコンと叩く音がした。

「失礼します」

係の人だった。




係の人がドアを開けるも、目の前でラティがルークに土下座しているものだから


「あの、え~っと…」


と二人に掛ける言葉が見つからずしどろもどろになっていた。


すると、係の人の後ろから中の様子を見ようと、さっき会場で戦っていたアシュレイがひょっこり顔を出した。

ラティの姿を見るなり、眉間にしわを寄せて


「ラティ、何してるの」


と言った。


「あ、えーっと貴方の超能力についてルークさんに話してしまいまして…えへへ」


とラティが言い終わる前に、

「ちょっと後で話をしようか」


とアシュレイが言葉を遮った。


アシュレイの顔は笑ってはいるものの目が全然笑っていなかった。


──怖っ──






「それにしても、今回の四聖星、全員異能持ちって奇跡中の奇跡…」とルークが呟く。


エレンは『具現化』、ルークは『透視』、ラティは『瞬足』、アシュレイは『読心』…


ルークの呟きにアシュレイが食いつく。


「エレンも異能持ちなの?試合中は魔力差で瞬殺されたから分からなかったけど…」


女の子のような少し高い声でアシュレイが言う。


「ラティがエレンとまだ戦ってないから言えないけど、バケモノだよ」とルーク。


「バケモノ…」ラティがゴクリと唾を飲んだ。




「あのっ、次の試合、フォルスさんとトーネソルさんなので準備お願いします」


アシュレイとラティの間に挟まれている可哀想な係の人が声を絞り出して言う。


「了解です」とルークはアシュレイを横目に部屋を出た。

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