1-22 後悔

「あっぶねぇ……」

存在がエレンや女王様に気づかれそうになり、咄嗟に近くの柱に隠れたルーク。



────エレンが別の星に行くって?そこで闇術を使う魔術師と戦うって?



「おいおい、冗談にしてくれ……」


最初に彼の頭によぎったのは二次被害。エレンがこの惑星から出ていくなら、謎の流行り病の責任は他の四聖星シエルに回ってくるだろう。


同期のシエルであるエレン、アシュレイ、ラティはルークのクラスメイトと違って口数が少ない彼を受け入れてくれた。


自分より魔力が上のエレンは相変わらず憎いが、自分の境遇を吐き出したその勇気には少し尊敬の意が生まれていた。


ルークにとっては初めて出来た『仲間』とも言える存在になっていた。




ピコン!

スマートフォンの通知音が鳴って慌てるルーク。


『エレンのことなんだけど』


アシュレイからのメッセージだった。


『なに』

返信するとすぐに既読マークが付いた。


『え、なんか学校来てないみたいでさ。ちょっと心配だなぁーって』

力なく笑うアシュレイの顔がすぐ浮かんできた。


エレンと女王が話していたことを横流しするべきだろうか。


スマートフォンのキーボードを打とうとするも手がふと止まる。打っては消し、打っては消す。




「やっぱりルークか」

いつの間にか横にエレンが立っていたのでルークは肩をびくりと震わせた。


彼女の黒い目が彼の紫色の目を見つめる。


「驚かすなよ……」

ふいと目を逸らす。



「別に言ってもいいよ、私は一人で行くから」


メッセージのやり取りを見ていたらしい。


「じゃあ、今週末、闘技場に集まらない?そこで私から話すよ」


じゃ、と区切りをつけて出口へと歩き出すエレン。彼女のショートブーツのヒールの音が寂しげに響いていた。







週末。四聖星だけが持つ鍵で闘技場の戸を開けるルーク。


エレンは闘技場で氷のシャンデリアを作っていた。


エレンとルークが小学生の時に初めて喋ったのも氷のシャンデリアがきっかけだった。


「何年前だっけな」

小声で呟くルーク。


あの時と変わらずエレンの作り出す氷は光を反射してキラキラと輝いていた。精巧な造りで、思わず見とれてしまう。


「…でさ~」

ルークの後ろからアシュレイとラティの話し声が近づいてきた。


ルークもエレンもその声に気付く。


瞬きする間に綺麗なシャンデリアが高い音を響かせながら落ちて割れる。


もう一つ瞬きする間に氷が全て消えた。


アシュレイやラティは割れる音が聞こえていないようだった。


エレンの目の端に光るものがあったのは、きっと氷が解けた後の水だと思うことにした。






現シエルが集まり、それぞれ楽な姿勢で中央に座るも沈黙の空気が漂う。



「で?伝えたい話って?」

開口一番はラティ。


エレンは最初話し始めに戸惑っていたがやがて、闇術を継ぐヴィルジールの所へ行くことを話し始めた。


ラティとアシュレイは分かりやすく動揺していた。

「どういうこと、一人で行く気なの」

「し、死に行くようなものでしょ」




エレンは冷たい表情を張りつけたまま、

「そうだよ。魔力が溢れていずれ死に至るなら、役目を全うしてから死にたい」

と吐く。



なんで。死んじゃ嫌だ。なんて言っても無駄だとエレンの顔を見れば解る。



「このままだと犠牲者が増えてく一方だよ。結果がどうであれ、今自分に出来ることをする。後々一番こたえるのは『何もしなかった後悔』だからね」



『後悔』──────。



その言葉の重さは彼女が一番わかっている。

「今日は行くことを伝えたかっただけだから」


そう言ってエレンは立ち上がった。すかさずアシュレイが彼女の服の端を引っ張る。



「それだけ伝えられて、『分かったバイバイ』なんて簡単に言えるわけないでしょ」


彼の澄んだ青い瞳がエレンの目を見据える。彼の手も声も細かく震えていた。



「なにか僕たちに出来ることないの。エレンの背負ってるもの、少しでも軽くしてあげられないの」



ラティも言葉を重ねる。

「仲間だろ、オレたち」


「今のエレンは俺たちを寄せ付けないようにわざと突き放してるように思えてくる」

冷たくルークも彼女に言葉をぶつける。




エレンの黒い瞳が揺らぐ。

「……何も、もう要らないよ。失うのが怖いから」

震える声だけを置き去りにして、彼女は走り去った。








エレンの覚悟はかたかった。


けれど、仲間や周りの友達を助けるために選んだ道なのに悲しい顔をさせてしまうこの決断は果たして本当に正しかったのか、未だに悩んでいた。



葛藤を紛らわすためにひたすら魔法の練習に打ち込んだ。

技のバリエーションやコントロール技術を高めるために毎日一人で闘技場に出向いた。


四聖星シエルの仲間はエレンが一人で鍛錬しているのを知っていた。






そんな中、ヴィルジールの息子──風雅ふうがが撒き散らした謎の病は急激に拡がっていき、ついに四聖星の家族や知り合いにも被害が出始める。





エレンは意を決して親友の珊瑚さんごに、メッセージアプリを通して闇術を継ぐ者の元へ戦いに行くことを伝えた。


しばらくしてスマホの画面が光る。


『もしかして闇術の人、名前ヴィルジールだったりしない?』


珊瑚には他の四聖星同様、エレンがこの惑星生まれでは無いことや光継ぐ者が彼女であることは告げていたが、ヴィルジールの名は伏せていた。


『なんで名前知ってるの?有名なの』


即座に返信する。

しばらく間が空いて珊瑚からメッセージが返ってきた。


『今日放課後、会えない?』



「やっぱ会わなきゃ行けないよなぁ」


スマートフォンを持ったまま、エレンは自室のベットにダイブする。


対面すれば逝くのが怖くなることは前にシエルの仲間に告げた時に痛いほど味わった。


しばらく学校に通っていないから、珊瑚にも会っていない。

「会いたいのに会いたくないな」



ピコンと通知音が鳴って画面を見る。

そこには珊瑚のメッセージ。


『ちょっと私の昔話をしたいなって』




* * * *



久しぶりに会った珊瑚のレモンイエロー色の髪は少し乱れていて、目の端が赤くなっていた。


「やっほー久しぶり」

平然を装って手を振ってくる珊瑚だが、エレンには泣いたことがバレていた。




二人は人目につかないように前シエルの一人でありエレンの姉であったレオナの住んでいた館に行った。

洋館は変わらず誇りを被っていたが、スノードームを見つけたレオナの部屋だけはエレンがたびたび掃除しにきていた。


ややあってエレンが訊く。

「ヴィルジールの名前なんで知ってたの?」



三つ編みにした髪の先をいじっていた珊瑚は手を止めて答える。

「私、元々はゼフィールで暮らしていたんだよ」



「えっ」

珊瑚が話しやすいようにわざと目を合わせていなかったエレンが珊瑚のエメラルドグリーンの瞳を見た。

「ゼフィールって空中に浮かぶ島が有名で、ドラゴンが飛び交うルークの出身地だよね」




「どこから話そうかな〜」

語尾を上げているのに無理矢理、笑顔を作っているせいで全く楽しそうな雰囲気に感じない。


珊瑚はぽつりぽつりと過去を吐き出していった。


「エレンが転校してきた頃にあたし『お兄ちゃんがいた』って言ったの覚えてるかな。お兄ちゃん……海って書いてカイっていう名前なんだけど、ある日突然さらわれたの、その“ヴィルジール”って人に。」



「ヴィルジールは特殊な血筋を持つ子供しか持ち帰らないから、じゃあ珊瑚も何か……」

エレンが語尾を有耶無耶にする。



「エレン、セイレーンって知ってる?」

御伽話おとぎばなしに出てくる人魚……確か、涙が万能薬だったり、美しい歌で人間を誘って海中に引き摺り込んで喰っちゃうとか…」


途中まで言ってエレンがギョッとする。「まさか」

「喰っちゃうぞ‼︎」

ガオーと両手でポーズをしてエレンに襲いかかるフリをする珊瑚。


「キャーーーーッ」

「いや喰わない喰わない」

珊瑚が手を左右に振る。



「私が水泳の授業を毎回欠席してたのはそういうこと」


確かに今思い返してみれば、珊瑚はいつも水泳の授業を休んでいた。そのせいで、クラスメイトには"珊瑚はカナヅチ"だと噂されていた。


「水に触れると人魚になっちゃうってことか」


「そ。私が元々住んでいたのはゼフィールの下部分にある海の中で、人魚しかいない世界だった。涙が薬になるとかは人魚に会ったことがない他の人が勝手に昇華させた妄想話」


珊瑚は話を続ける。

「ゼフィールは浮かぶ島が有名だから海中には注目が行かないけれど。

……ある日、水に異変を感じたの。お兄ちゃんや他の家族はあまり気にしていなかったけれど、なんだかすごく嫌な予感がして、お兄ちゃんは私に陸に上がるように言って、海中にいるお母さんを呼びに行った。他の人魚や魚も騒ぎ始めた。

そしたら今流行っている謎の病と同じ状況が起こったの」



机の近くにあったメモ帳とペンを取りだして、珊瑚は禍々しい姿の男の絵を描きだす。

ぎょろっとした目の模様のマント。蛇を首にまきつけている。髪はボサボサで白から紫色のグラデーションに、側頭部から黒いコウモリのような羽が生えている。



忘れる事は無い、エレンの後悔の元凶。

「ヴィルジール……」



「こいつが毒を海に放ったの。岩の影に隠れていたら、お兄ちゃんがこいつに連れていかれるのが見えた。」


珊瑚はヴィルジールの絵の隣に足の部分がヒレになっている男の子を描いた。ブロンズの髪に少し黒色が混ざっている。



「海中に留まっていた生き物は次第に動かなくなって水面に浮いてきた。お兄ちゃんは多分お母さんを呼びに行く途中で、異変を察知して水面へ引き返したんだと思う。

一人だけオーラが違う人がいて、その取り巻きが"ヴィルジール"って言っていたから名前はずっと覚えてる」



両手をぎゅっと握り締める珊瑚の手は少し震えていた。

エメラルドグリーンの瞳がエレンの黒い瞳を見据える。

「エレンがヴィルジールを倒すって知って、魔力が少ないあたしと違ってエレンならきっと仇を打ってくれるって思ってたの。でも……」


彼女は自信をなくしたように肩を落とす。


「応援したい気持ちもあるけど、それ以上にこれ以上大切な人を無くしたくないって、行かないでって思うのは、私のわがままかな……」


エレンは過去の話をする珊瑚を自分と重ねていた。兄姉に守られて今の自分がここにいる境遇がとても似ていたため共感していた。


「せっかく出来た親友が死ぬことなんて考えたくない、行かないでよ」



エレンは、懇願する珊瑚の手をぎゅっと握る。

「ごめんね、でも決意は揺らがないよ。私は私の役目をまっとうしなきゃ」



珊瑚の目から一つの涙がこぼれる。また一つ、また一つ。次第に堰を切ったように溢れ、嗚咽も重なり始めた。

つられて雫を垂らすエレンは苦しそうに、力なく笑った。

「先に泣かれたら困っちゃうよ」



泣きじゃくる珊瑚の背中をさすりながらエレンも感情のままに涙を流す。


「ここに留まる勇気と、戦いに行く勇気、どっちが後悔しないのか分からなくなってくるよ。…………新たにする後悔なんてもう何一つ残ってやしないはずなのに」



もう二人の間に言葉は要らず、廃墟と化したすすだらけの前四聖星の館の一室に、目を腫らして泣く声が響いていた。







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