第三話 家族
「……そう、なんだ」
お父さんが言っていることが、頭では理解できているんだけど、上手く受け入れられない。
お母さんは毎日美味しいご飯を作ってくれて、お父さんはお仕事が休みの日にどこかに連れて行ってくれて……こんなに家族なのに、血が繋がっていないという実感がなかった。
「私を産んだ人が誰か、お父さんとお母さんは知ってるの?」
本当のお父さんとお母さん、なんて言いたくない。私のお父さんとお母さんは、今目の前にいる2人しかいないから。
「それが、わからないんだ」
「……わからない」
「あれは……今から13年前、お母さんと2人でお昼に買い物に行った帰りだった。赤ん坊が狼のアビスに囲まれていたんだよ」
アビス——夜の闇のような色をした化け物。何回かしか見たことがないけど、不意に現れては人を襲ってくる。
「お母さんと急いで助けに行ったんだ。不思議なことに、アビスはお父さん達を襲うどころか赤ん坊も襲わないで、そそくさと逃げてしまったんだ」
「それが……私?」
「あぁ。そうだよ。その後すぐに騎士団の所に行ったんだけどね。どこにも登録がなくて、このままだと孤児院行きだと言うから、お父さん達で育てることにしたんだ」
私達は、産まれたらすぐに顔写真を登録して番号を貰う。それでいろいろ管理? するらしい。詳しくは知らないけど。
「血は繋がっていないけど、お父さんとお母さんはリリスのことを愛しているわ。本当に、娘と思って暮らしてきたのよ」
声は震えてるけど、優しい笑顔でお母さんが言う。お父さんとお母さんに愛されているのは、私もよくわかっていた。
「リリスと出会ってすぐに、お医者さんに診てもらったのよ。リリスの具合が悪くないかね。それに赤ちゃんに会うのは初めてで、産まれてから何日ぐらい経ったのかもわからなかったから」
「それで……私達がリリスと出会ったのは生まれて間もなかったみたいなの。だから誕生日は出会った日の10月13日にしたわ。でも正確な日がわからないから、いつ聖人するかもわからなくて」
「そっか……誕生日より早く聖人するかも知れないもんね」
自分の誕生日より早く聖人したらおかしいと思うはず。だから伝えるには今しかなかった、と。
「お父さんお母さん……話してくれてありがとう。まだ実感がないけど、私の親は……お父さんとお母さんだよ」
だから、今まで通りに楽しく幸せに過ごしたい。お父さんもお母さんも、そんな顔しないで。
「……いつ聖人するかわからないんだよね? じゃあ早く準備しておかないと! やり方教えて、ね?」
「そうだな……よし、準備しようか」
少し2人の顔から不安が消えた気がした。
良かった。
——————————
「えーっと……どうするんだっけ?」
聖人になるのが楽しみすぎてよくお母さんにやり方を聞いていたはずなのに、さっきの話のインパクトが大きすぎて忘れてしまった。
「まずはガラス玉に血を1滴垂らすんだよ」
そうそう。そうだった、思い出した。
「血出すの怖いなぁ……せいっ! いたっ!」
親指の腹を針で刺した。そりゃ痛いよね……。でも、これも聖人になるためだったら我慢できる、できる……。
涙目になってる私にお母さんが絆創膏を貼ってくれた。
「お母さんありがとう。……あれ? ガラス玉が白くなってる?」
さっきまで透明だったガラス玉が、血を垂らすと白く濁っていた。赤じゃないんだ。
「後はガラス玉を小瓶に入れたら完成よ。ずっと首からぶら下げておいてね」
「わかった!」
ガラス玉を小瓶に入れてコルクの栓をし、首からぶら下げた。後はいつくるかわからない13歳になる瞬間を楽しみに待つだけ。そうしたら私も聖人だ。
「悪夢が封印されたらガラス玉は黒くなるから、すぐにわかるわ」
「わかった! これでお母さんとお父さんとお揃いだね! 聖人になるの楽しみだな〜」
「聖人にならなくても、リリスはとっても良い娘だよ」
「ふふ、そうね」
「えへへ。そう、かな」
ぬるくなったホットミルクは、冷やした牛乳より美味しくなかった。
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