第十五話 神との対面

 鏡を通り抜ける瞬間が怖かったので、ぎゅっと目をつむった。


 生ぬるい感覚が全身から無くなったので、無事に通り抜けられたみたい。


 恐る恐る目を開ける。


「っ!」


 よくアニメで見るようなお城の、玉座があって赤いカーペットが敷いてある部屋。


 その玉座に、ミカ様がいた。


 さっき見たステンドグラスと同じ、腰まである長い金髪。でも誰もが見惚れるような笑顔はなくて、何を考えているのかわからないというか、もはや顔から感情が消えていた。


 無表情だけど、人間とは、聖人せいじんとはオーラが違う。違いすぎる。


 なんて表現したら良いかわからないから、神々しい、としか言えなかった。


「神の前で何をしている。さっさと平伏せ」


「す、すみません!」


 私は急いでその場で土下座をした。


 ドスの効いた男の人の声。ミカ様の左右に立っていた7人の賢者のうちの誰かだろう。


 賢者はみんなフードを被っているから、誰が喋っているのかわからない。


 ちらっと横を見ると、ユイさんも頭を下げている。


「ミカ様。この者が聖人にならなかった13歳の人間、天野 リリスでございます。」


 この少し低い声は、迎えに来たダルそうな賢者サマだ。


「如何いたし……」


 迎えに来た賢者サマが話すのをやめると同時に、コツコツと誰かが歩く音が聞こえる。


 足音以外にシャラシャラとも聞こえる気がする……。


 だんだん足音が大きくなる。


 止まったかと思えば、シャラと音が揺れてかろうじて見えている床に金髪が零れた。


 もしかして、ミカ様……?


「顔を上げてください」


 聞いただけで、温もりに包まれるような声だった。


 幼くも、大人びてもいない、不思議な声。


「…………」


 私はそっと、顔を上げる。


 ミカ様と目があった。


 瞬間、ドクン、と心臓が高鳴り始めた。


 つま先から頭のてっぺんまで一気に熱くなった気がする。

 

 ミカ様は線も細く、鼻ははっきりしてきるけど小さくしゅっとしていて、目も太陽のように大きい。


 唇はぷるんとしていて桃みたい、お肌もゆで卵みたいに白くてツヤツヤだ。


 全てが完璧に整っている。


 声もそうだったけど、ほんとに何千年も生きているとは思えなかった。


 神様だから、生きているって表していいのかわからないけど。


 ミカ様は白く細い手を私の顔に添えた。


 陶器のように冷たい手に、熱が冷やされていく。


 しばらく——ほんの数秒かもしれない——見つめ合うと、ミカ様は静かに微笑んだ。


 その微笑みは教会のステンドグラスより優しく、それでいて温かい。


 心の汚いものが落ちていくような気がした。これで聖人できたのではと思える程に。


 あれ、この笑顔どこかで……。


 ミカ様は私の頬に触れるのをやめて小瓶を手に取った。


 小瓶に入っているガラス玉がカラコロと音を立てるが、私はミカ様のお顔から目を離せない。


 小瓶を見るのをやめたミカ様は、いつの間にか初めて見た時のような無表情になっていた。


 ミカ様は何も言わずに小瓶から手を離し、シャラシャラと玉座へ戻っていく。


 ほわほわと頭が熱くて、ミカ様の後ろ姿を見つめていると胸がぎゅっとなる。


 これが惚れるってやつなのかな。


 ぼーっとミカ様の後ろ姿を見ていると、横から肘でちょんちょんと突かれた。


 横——ユイさんを見ると、頭を下げているからあんまり顔が見えない。けど、少し見える目がすごく私を睨んでいる。


「っ! ありがとうございます……」


 私はユイさんの行動の意味を理解した瞬間、急いで頭を下げた。


 シャラ、とミカ様が椅子に座った音がする。


「この者を家に帰しなさい」


 ミカ様の綺麗なお声。ざわ、と賢者サマ達の間の空気が動いたのがわかった。


「このような異端児を!放っておいてよ……し、失礼いたしました」


 男の賢者が怒鳴ったかと思えば、平常心を取り戻したのか急に声が萎む。


 異端児って……やっぱり私みたいに聖人しない人なんて他にいないんだ。


 家に帰せって、ミカ様は私を聖人にしてくれないってこと?


 もしかしてミカ様でも私を聖人させられないの?


 そのことばかりがぼーっと頭の中をぐるぐるしていると、シャラシャラと音がする。


 ギィと扉が閉まった音もしたから、ミカ様が部屋を出たんだろう。


「謁見は終わりだ。さっさとそいつを連れて帰れ」


「はっ。かしこまりました」


 ユイさんは私の手を引っ張って立ち上がると、失礼いたします、とお辞儀をしたので私もそれに合わせる。


 そしてユイさんと私はまた、鏡の中に消えていった。


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