第十六話 ドライブ

 ぬるりと鏡を通り抜けた。


 そこは鏡しか置いていない、真っ暗な部屋。


 キョウト騎士団まで一瞬で帰ってきたんだ。


 それにしても全身が生温い感覚で包まれるのは、あまりいい気分じゃないな。


 ユイさんと私が通り抜けると、鏡は自然と光るのをやめた。


「…………」


 照明が無いから、鏡が光っていないと何も見えないよ……。


「リリスさん、ご、ごめんね。すぐに扉開けるから!」


 ユイさんは私の手を離す。カツカツと足音が離れて、光が漏れた。


「っ! ありがとうございます」


 眩しい。真っ暗なのにすぐに扉を開けられるなんて、だいぶ慣れているのだろうか。


「リリスさん、お疲れ様。このまま家に帰る? それともお茶でも飲んで落ち着いてから帰る?」


 教会からでるべく、出口に向かって2人で歩く。


「このまま帰ります。両親が心配していると思うので」


 それと、タクミも。


「わかったわ。もう暗いから私が家まで送るね」


「ありがとうございます。助かります」


「いえいえ。じゃあこのことを従士達に伝えてくるから、駐車場で待っててくれる?」


「はい、わかりました」


 パタパタと走っていくユイさん。騎士は忙しそうだな。


 でも、良かった。


 一人の方がさっきのミカ様との時間に浸れるから。



——————————



 駐車場で1人、さっきのミカ様との時間を思い出す。


 ミカ様が歩くと鳴るあのシャラシャラした音。


 癖など1つもなく、すとんとした輝いている金髪。


 心にすっと染み込んでくる、綺麗なお声。


 何より、あの全てを浄化するような優しい微笑み。


 ミカ様の一つ一つを思い出す度に、体の奥がゾクゾクした。


 自分の知らない感情を頭のどこかで怖がっている気がしたけど、そんなのがどうでも良いくらいに私はミカ様との時間に浸るのをやめられない。


 録画したテレビ番組みたいに、何回も何回も巻き戻してミカ様との一瞬を噛み締めた。


「リリスさん! お待たせしてごめんね」


 ユイさんが走ってくる。白い息がほわほわと上がっていった。


「いえ、大丈夫です。こちらこそ、送っていただくことになってすみません」


「そんな、気にしないで。リリスさんは何も悪くないのよ」


 ユイさんって、タクミを殴った時は怖かったけど意外と優しい人なのかな。


 私の家にあるのと似たような、白い車に乗りこむ。


 どこに座るか悩んだけど、せっかくだし少しお話したいので助手席に乗ることにした。


「さっきみたいに高級な車じゃなくてごめんね。あれは賢者様専用なの」


「い、いえ。送ってもらえるだけで充分です」


 こうして私とユイさんの、不思議なドライブが始まった。

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