第十一話 おはよう、人間

「私は……いつになったら聖人せいじんできるの?」


 そう言って修道服を着ている女性が泣き崩れていた。


 あれは……ワタシ?


「聖人にならなくてもリリスは大切な娘よ」

「イツマデモ人間ダナンテ、気持チ悪イ」


 何これ……誰もいないのに、どこからか声が聞こえてくる。


 おかあ、さん?


「お母さんの言う通りだよ。リリスは大切な娘だし、聖人してないことも気にならないくらい良い娘だよ」

「アノ時拾ウンジャナクテ、孤児院ニ預ケレバ良カッタ」


 おとう、さん?


 二人とも、本当はそう思っていたの?


 気がつけば、ワタシの周りにお父さんとお母さんと、タクミが立っている。


 タクミの横に、もう一人タクミがいる……?


「リリス、何があっても俺はお前の味方だから」

「得体ノ知レナイ不気味ナ女。コレガ幼馴染トカ有リ得ナインダケド。死ネヨ」


 タクミまで……酷い、私のことそんな風に思ってたんだ。


 タクミの横にいたタクミにそっくりの人が、さらっと黒いモヤに変わって——


 長剣になり、タクミが掴んだ。


 何あれ……人が、武器に?


 タクミが、ワタシの喉元に剣を突きつける。


 何してるの? 危ないよ? あの剣が本物なのかわからないけど。本物なら尚更。


「化け物は、死ねッ!」


 タクミがワタシに剣を振りかざした。


 途端にタクミの動きがスローモーションになる。


 タクミ! やめて! 


 私がどんなに叫んでも、剣の動きは止まることなく。着実にワタシに近づいている。


 タクミに近づこうともがいても、みんなにこれっぽっちも近づかない。


 なんで? なんでワタシがタクミに殺されないといけないの?


 人間だっただけなのに、何も悪いことなんてしてないのに。


 人間は、存在してるだけで悪なの……?


 私の頑張りは虚しく、剣はワタシを切り裂き、大量の血が吹き出る。


 倒れていくワタシは、何故か笑っていた——




「ピピピピ ピピピピ ピピピピ……」


「はっ……! はぁ……夢か……」


 夢で良かった。あんな怖い思いは二度とごめんだ。


 それにしても、目覚ましがなるまで寝るなんて。こんなに寝られるとは思ってなかった。


 カーテンから漏れる朝日が眩しい。今日もいい天気なんだろうな。

 

 今日も当たり前のように一日が始まって、なんだか昨日のことは夢だったんじゃないかって思えてきた。


 流石に聖人して——


「へ?」


 なかった。聖人してなかった。


 ガラス玉は真っ白いまま。割れてもないから正真正銘私はまだ人間だ。


 嘘、だよね?


 もしかして光の反射具合で白いままに見えるとか?


 小瓶を朝日にかざして振ってみたけど、カラコロと軽い音がするだけ。


 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。


「サイアク……」


 何も考えられなくて、ただ涙を流すことしかできなかった。


 止められなかったアラームの音が、やけに煩く鳴り響いていた。



——————————



 コンコン、とドアがノックされる。


「リリス? 起きてるの?」


 お母さんだ。何か言わなきゃ、ドアを開けなきゃってわかってはいるんだけど、動けない。


「リリス? 開けるわよ」


 ギィとドアがそっと開く音がした。


 私は顔も動かせず、ただぼーっとガラス玉を眺めていた。


「リリス? おはよう」


 すたすたと私に近づく足音がする。


「どうした……」


 お母さんは私の肩に手を置いて、ガラス玉を見たからか途中で黙ってしまった。


「リリス、おはよう。お母さんの顔見れる?」


 下から私の顔をのぞき込んできたお母さんと目が合った。


 お母さんの目を見たら、嫌われるかもしれない不安と、安心とがぐちゃぐちゃになって涙がでてきた。


「泣かないで。リリスは笑顔が一番可愛いんだから。朝ご飯でも食べて落ち着きましょう?」


「うっ……うん……」


 ぽたぽた流れる涙を拭って、お母さんと部屋を出た。


 お父さんは私に何も聞いてこなかった。



——————————



 朝ご飯を食べた後、お父さんとお母さんといるのが嫌で、少し早いけど外でタクミを待つことにした。


 着替えるのもめんどくさいので、パジャマに上着羽織ろう。


 家をでたら、もうタクミは待っていた。


「おはよう。早いね?」


「おはよう。さっき家出たとこだよ」


 それより、とタクミが何か言いたいみたいだったけど私の胸元を見て、話すのをやめた。


「私、今日はお父さんとお母さんと騎士団に行くから、学校休むね」


「わかった。気をつけて」


「うん、ありがとう」


「じゃあ俺、学校行——」


「待って!」


 タクミの腕を引っ張った。


「ちょっとだけ、話そう?」


 まだ家に帰りたくないし。


「わ、わかった。近くの公園で良い?」


「うん」


 寒いからか、タクミの顔がいつもより赤い気がした。

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