第十話 おやすみなさい

 ケーキを食べた後は3人でゆっくりしていたけど、私は自分の部屋へ行くことにした。


 もう22時だし、ここ一週間はテスト勉強もしないで小説ばかり書いていたので、そろそろ勉強しないとマズい。


 というのは建前だ。


「私、テスト勉強して寝るね」


「おう、おやすみ」


「おやすみ、明日の朝はタクミ君に休むこと伝えるのよ」


「はーい、おやすみなさい」


 リビングをでて、階段を登る。廊下がほんのり寒い。秋なんてすぐ終わって、冬が来るんだろうな。


 自分の部屋に入って、ベッドへダイブ。


 ばふん、とベッドが揺れた。


 ……………ふぅ。


 さっきまでの楽しい時間がまるで夢みたいに、ふわふわしてる。


 まるで夢から覚めたみたいに——現実どころか絶望にまで叩き落されたような、不安や怖さとか、そういう黒い感情の波が、私を襲ってきた。


 涙が、涙が止まらなかった。


 私はいつも通りに笑っていただろうか。


 いつも通りに喋っていただろうか。

 

 ケーキの味も、お父さんとお母さんとどんな会話をしたのかも、ほとんど覚えていない。


 たぶん、美味しかったんだと思う。たぶんじゃなくて、美味しかったんだ。


 お母さんが作った料理が美味しくなかったことなんて、一度もなかったから。


 枕を思い切り抱きしめて、顔をうずめる。


 明日まであと2時間もない。


 もし明日になってもガラス玉が白いままだったらどうしよう。


 気持ち悪がられたりするんだろうか。


 もう誰も話してはくれないのだろうか。


 もしそうなったら、学校に行きたくないな。


 そんな考えが頭の中をぐるぐる回っていた。


 ……明日になってほしくないな。


 このまま起きていたら、明日は来ないだろうか。


 でも、明日になる瞬間を迎えても聖人せいじんになれなかったら、それこそ朝まで眠れないだろう。


 どうしよう。


 全然眠たくないから何かして気を紛らわす?


 それとも、このまま寝てしまおうか。


 本を読むか、小説を書くか……。こんな状態でテスト勉強なんてしても頭に入らないしな。


 明日もいつもと同じ時間に起きてタクミに休むって言わないと……ん? タクミ……。


 そうだ、タクミから貰った誕生日プレゼント開けてないや。


 カバンの中をがさごそと探す。


「確かここらへんに……あった!」


 文庫本ぐらいの小さな封筒。冬の朝の空みたいな綺麗な水色だ。そっと封を開ける。


 中から出てきたのは、ピンクの小さい押し花がたくさんつまっているしおりだった。


 タクミの手作りっぽいな。


 このお花、アジサイに少し似てるけどなんて花なんだろう? 花は見るのは好きだけど、詳しくはないからわからないや。


 お母さんは知ってるかな。また聞いてみよっと。


 もう他に入ってないか封筒の中を見てみると、しおりの他にメッセージカードが入っていた。


『リリスへ


 誕生日おめでとう!


 これからもよろしく タクミ』


 綺麗な字で綴られていた。


 タクミってほんと、手先は器用だし何でもできるな……。


 せっかくしおりを貰ったし、少しだけ本を読もうかな。明日にならないくらいに。


 黒霧くろきり ショウ先生のデビュー作を読もう。こういう大事な時こそ、原点回帰!


 …………。


 やっぱり今は気分が良いから、このまま寝た方が良い気がしてきたな。


 でもしおりは使いたいので、プロローグのページに挟んでおいた。


 今日一日こんなに良いことがあったんだから、きっと明日の朝には聖人してるはず。


 そうしたら学校は休まなくて良いし。


 あ、でも誕生日プレゼント買ってもらうのが週末になっちゃうや。それはほんのちょっとだけ残念だ。ほんのちょっとだけ。


 そう思ったら、明日が楽しみになってきたかも。


 明日は聖人していることを祈って、



 おやすみなさい。

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