第十二話 キョウト騎士団へ

 幼稚園の時とか小学校低学年の時は毎日遊んでいた公園。


 ブランコと滑り台しかない小さな公園だったけど、こんなに小さかったっけ。


「これ、ひざ掛けにでもして」


 ブランコまで来ると、タクミはリュックを置いて学ランを脱いだ。


「いや、いいよ。タクミ風邪引くよ」


「俺はパーカー着てるし大丈夫。パジャマなんて見てるこっちが寒いから」


「ごめん、ありがとう」


 タクミから学ランを受け取ってブランコに座った。


 お尻が少し冷たい。


「ちょっと俺、ひとっ走りしてくるわ。すぐ戻ってくるし」


「え、ちょっと待っ……行っちゃったよ……」


 タクミ足速くなったな。あっという間に見えなくなっちゃった。


 勢いで話そうって言っちゃったけど、何を話そう……。


 ぎこぎことブランコで少し揺れていると、思ったより早くタクミが帰ってきた。


「はい。寒いからこれで温まろ」


 渡されたのはココアの缶だった。


 手にじんわりと温もりが伝わってくる。


 これを買いにわざわざ走ってくれたんだ。


「ありがとう。ごめんね、気を遣わせちゃって」


「いや、俺も久しぶりに甘いの飲みたかったから」


 そう言ってタクミはココアを飲み始める。


 タクミは小さい頃から甘いものが苦手だった。


 それなのに私の為に……ちょっと優しすぎると思うけど。


 だから悪魔使いコンジュラーになれたのかな。


「すごいな……」


「え?」


「あっ、いや、えっと……」


 思わず口に出ていたみたい。恥ずかしい。


「タクミは何でもできて、それにコンジュラーですごいなって思って……。私なんて、まだ人間のままだし……」


 自分で言うとすごい悲しいな。


 タクミにどんな顔をしたら良いかわからなくて、ココアを見つめた。


「俺は、リリスも充分すごいと思うよ」


「俺がリリスだったら、コンジュラーを目の前にしてすごいと思えない。なんでお前はコンジュラーなのに、俺だけ人間なんだって、怒ってるよ」


「そう、かな」


「そうだよ。俺はリリスの表情ころころ変わる所結構好きだから、聖人しなくてもちょっと……いやむしろ良かったって言うか……」


 だんだん声が小さくなるのでタクミをちらっと見ると、茹でタコみたいに真っ赤な顔でおどおどしていた。


「ぷっ……あはは! 何その顔〜!」


「はっ!? お前、人が真剣に話してるのになぁ!」


「あははっ。いや、でもっ……ふふっ」


 なんでこんなに面白いかわからないけど、お腹がよじれるくらいにさっきのタクミの顔がツボっだった。


 ちょっと酷くないかってタクミが拗ねた顔で言うけど、声は笑っていた。



——————————



 あれから公園でだいぶ話し込んでしまって、タクミは走って学校に行った。ごめんね。


 私はというと、お母さんとお父さんと騎士団に向かっていた。


 私が住んでる町は従士しかいない小さい教会しかないから、騎士がいる大きな教会までは車で1時間程かかる。


 ミカ様に仕えている騎士なら、悪魔使いコンジュラーなら、私を聖人にしてくれるだろうか。


 緊張で体の芯がふわふわする。


 なんとか気分を紛らわせるためにぼーっと外を眺めていた。


 本当は本を読みたいけど、酔ってしまうから無理だな。


 今朝タクミに貰ったココアを飲み損ねていたので飲む。


 うん。ココアは温かい方が美味しいな。


 家とかスーパーしかなかった景色が、次第にビルばかりになっていった。


「もうすぐつくよ」


「はーい」


 お父さんにそう言われて5分もしない内に着いたのは、学校ぐらいある教会。


 ここがキョウト府の中で唯一騎士のいる教会だった。


 車から降りると、お父さんは教会の横に建っているこじんまりした建物——というか、家? に向かった。


 お母さんと後をついていく。


「ピンポーン」


 お父さんがドア横のインターホンを鳴らすと男の人の声が聞こえてくる。


「はい。キョウト騎士団です」


「おはようございます。昨日お電話した天野です」


「少々お待ちください」


 ぷつりとインターホンが切れて、すぐに出てきたのは女性だった。


「おはようございます。昨日は私が不在で対応できず、すみませんでした」


 茶色い髪をポニーテールにしたお姉さん。


 修道服……っぽいけど下はショートパンツだった。寒くないのかな。


「どうぞ、上がってください」


 見た目は大人しそうだけど、笑顔は子どもっぽくて可愛い人だな。


 チョーカーをつけているから、この人は騎士なんだろう。お姉さんの宝石はオレンジだった。


「失礼します」


 お父さんとお母さんに続いて家に入った。


 中も私が住んでいるのと変わらない、普通の家。こんな所に騎士は住んでいるの?


「普通のお家でしょ? 騎士や従士は泊まりこみで仕事をするから、こんな風になってるの。お風呂やベッドもあるんだよ」


「そ、そうなんですね」


 キョロキョロしすぎちゃったかな。大人しくしていよう。


「どうぞ、お掛けください」


「はい、失礼します」


 片側に4人ずつ座れる大きなテーブル。


 私がお父さんとお母さんの間に、私の向いにお姉さんが座った。


「申し遅れました。キョウト騎士団の騎士、村上 ユイと申します」


 お姉さん——ユイさんは、ペコッと頭を下げた。


「本日お越しいただいたということは、天野 リリスさんが13歳になっても聖人されなかったということでよろしいでしょうか?」


「はい……」


 それまでハキハキしていたお父さんが、急に元気のない返事をした。


「こちらで天野さんの登録されている情報を調べさせていただきました」


 ユイさんは机の上に置いてあった紙を見た。


東暦とうれき 1313年の10月13日。19時頃に養子登録されていますね。お間違いはないですか?」


「はい、間違いありません」


 私を拾った時のことをお父さんとユイさんが話していると、男の人——さっきインターホンを鳴らした時にでた人だろう——がお茶を運んでくれた。


「ありがとうございます」


 ハーブティーかな。ふわふわと可愛い女の子みたいな、甘くていい匂いがする。


「どうぞ、召し上がってください」


「ありがとうございます。いただきます」


 口の中まで香りがふわっと広がった。温まって落ち着く。


「リリスさんは、体のどこかが痛かったりしないかな?」


「いえ、どこも痛くないし、おかしい所もありません」


「それは良かった」


 にこっと微笑んでくれるユイさん。


 流石コンジュラーというか、余裕がある素敵なレディって感じ。


「今回は初めてのケースなので、これからどうなるかは私の方ではわかりません。またご連絡させていただきますね」


「わかりました、ありがとうございます」


「よろしくお願いいたします」


 お父さんとお母さんが頭を下げたので、私もそれに合わせた。


 もう帰るのかな?


 急いでカップに残っていたハーブティーを飲み干す。


「急に体調不良になった場合は騎士団にも連絡してください」


「わかりました」


 玄関でユイさんに見送られ、私達は駐車場に向かった。


 騎士団に来ても、何もわからなかったな。


「また連絡をくれるそうだし、それまでは美味しいランチでも食べてリリスの誕生日プレゼントを買いに行こう」


「そうね、どこに行こうかしら。リリスは食べたい物ある?」


「えっと……そうだね、パスタとか……?」


「パスタか、良いね」


 今は、この時間を大切にしないと。


 私は、小瓶をぐっと握りしめた。

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