第十三話 賢者

 お昼に美味しいミートパスタを食べた後、本屋さんに行った。


 あれこれ悩んだけど、結局ハード本3冊と文庫本を2冊買ってもらった。


 予算の5000円よりほんの少しお釣りがでるくらいの金額だったから、お釣りはお小遣いにしていいよって。


 数百円だし本も買ってもらったからいらないよって言ったんだけど……今度タクミに何か買ってあげよう。


「…………」


 静か。


 窓から入ってくる夕焼けが、心を落ち着かせてくれる。


 お父さんは2階でお仕事をしているし、お母さんはお風呂に入っているので、今はリビングで1人ソファに寝転んでいる。


 小瓶を眺めるのは飽きたので。


 ふぅ。今日はたくさんお出かけしたから疲れたな。


 ちょっと眠たくなってきた……。


 体の芯がぽかぽかして、ぼーっとする。


 この睡魔に身を任せて寝てしまおうか、な。


「ピンポーン」


 誰?


 もう後少しで寝られたのに。


「ピンポーン」


 少しは待てないのかな。なんでそんなすぐに2回もインターホン押すんだろ。


 お父さんもお母さんも出るの厳しいだろうから、私が出るしかないか。


 はぁ……。


「はー……い?」


 重たい体を起こしてインターホンのカメラを見ると、白いローブのフードを被った人が立っている。


 白いローブを着た人なんて見たことがないけど、騎士ではないのかな。


 その奥には、茶色の髪の修道服を着た……あれはユイさん?


「あ、リリスさん。こんばんは。今大丈夫かな?」


 急いでドアを開けると、やっぱり1人はユイさんだった。


 ローブの人の後ろからひょこっと顔を出したユイさんは、何だかぎこちない笑顔だ。


「は、はい。どうしまし、た?」


 ローブの人はユイさんより背が少し低い。私よりは高いけど。


 白いローブが、夕焼けを吸い込んでキラキラと輝いていた。


「あんたが天野 リリス?」


「そ、そうですが」


 フードの中から女の人の声が聞こえる。


「あーだる。説明めんどくさいなぁ」


 女の人がフードをめくる。


 血みたいに真っ赤な髪がツンツンしている。


 目が半開きというか、瞼のせいで緑色の目が半分しか見えてない。


 もしかして、目を開けるのもだるいの?


「賢者の命令で、君を高天原たかまがはらまで連れてくわ」


「へ? え、えっと、お母さん達に聞いてきても」 


「待つとかだるいんだけど、さっさと行くよ」


 私の話も聞かないで、赤髪の人が私の腕を引っ張って連れて行こうとする。


「いっ、痛いです。離してください!」


 この人、だるそうにしているのに力が強い!


 全体重を後ろにかけて抵抗しても、ずるずると引っ張られていく。


「賢者様っ。そう乱暴にされては可哀想ですよ」


「け、賢者? あぅっ」


 ユイさんの言葉にびっくりして抵抗するのをやめてしまったら、転んでしまった。


「リリスさん、大丈夫?」


 ユイさんが駆け寄ってくれる。


 い、今この赤髪の人を賢者様って?


 賢者はミカ様に仕えている悪魔使いコンジュラー。人間、いや、聖人で1番神様に近い、1番偉いのが賢者だ。


 そんな、賢者がでてくるほど私は異常おかしいってこと?


「早く立て。ミカ様がお前を待ってる」


 ぐいっと腕を引っ張られたので顔を上げると、賢者の後ろにちょうど夕日がきてとても神々しかった。賢者って感じ。


「何してんの? だるいのに迎えに来てやったんだから早くしろよ。殺すぞ?」


「ひっ! す、すみません」


 殺すぞって睨まれた時にゾッとした。これが殺気ってやつ?


 急いで立ち上がった私はもう抵抗する気になれなくて、大人しく賢者に腕を引っ張られていく。


「リリス?」


 名前を呼ばれたので振り返ると、そこにはタクミがいた。


 学校に行っていたらもう家に帰っている時間か。


「け、賢者様。リリスをどこに連れて行くんですか?」


 タクミが向かって走ってくる。ローブの人が賢者って知ってるんだな。


「ごめんなさい。部外者はこれ以上近寄らないで」


 ユイさんが私とタクミの間に立った。あんなに可愛いらしい笑顔だったのに、さっきの声はとても低くてまるで別人みたい。


「俺は部外者なんかじゃありません。リリスの幼なじみです。そこをどいてください」


「それはできません」


 ずるずるとこうしている間に私とタクミの距離は少しずつ離れていく。


「タクミ! 私なら大丈夫だから! 心配しないで」


「心配するだろ! 俺も行く!」


 タクミがユイさんを押しのけてこっちに来ようとした、けど——


「無理だって言っているでしょう」


「離せっ! うっ!?」


「タクミ!?」


 ユイさんが腹部を殴って、ドタ、とタクミが倒れた。


 なんで、タクミを殴るの? 関係ないのに。


 タクミが手を伸ばしてくれる。


 私も賢者に掴まれていない手を伸ばす。


 嫌だよ。怖いよ。お願いだから一緒に……。


「おい、早く乗れ」


「ひゃっ」


 車の中に投げこまれた。体を強く打ってジンジンする。


「大丈夫? 起き上がれる?」


 いつの間にかユイさんも車に乗っていて、私を起こしてくれた。


「あ、あのタクミは……」


「さっきの彼? そんなに強く殴ってないから大丈夫だと思うよ」


 そう言うユイさんの笑顔が、なんだか笑顔を顔に貼り付けているだけに見えてしまって、寒気がした。

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