第六話 小説
いつも通り休み時間はハヅキの話を聞き、お昼休みは図書室で本を読み、そして放課後。
唯一いつも通りじゃなかったのは、授業中も眠たくて寝てしまい、先生に注意されたことかな。
「んじゃ、また明日!」
「じゃあね、ハヅキ」
今日も退屈な授業が終わったので、お互い部活へ向かう。
ハヅキはバスケ部へ。私は文芸部へ。
月曜日からテスト週間だから、今日で少しお休みだな。
まぁ、少しお休みと言っても図書室でお喋りしながら本を読んでいるだけだから、あってもなくても変わらないんだけど。
テスト期間は家に帰って本を読んでいるし。
足取り軽く図書室へ向かった私は、軽やかにドアを開けた。
「お疲れ様でーす」
「リリスちゃん、お疲れ様」
図書室の奥、窓側に座っていたのは、緋色の髪を三つ編みおさげにし、メガネをかけている先輩——アカネ部長だった。
「今日は部長だけなんですか?」
文系部は、2年生が3人に1年生は私1人、計4人だった。
「えぇ、私一人だけよ」
顧問の先生が、読書は強制するものではないから部活に必ず来なくても良いと言うから、こうして毎日部活に顔を出しているのは私と部長くらいだ。
「そうなんですね」
部長の向かいに座る。
部長の後ろの窓から夕日が零れ落ちて、キラキラと緋色の髪を濡らしていた。
部長はいつもあまり目立たない格好をしている。
だけど、肌は白くてつるんとしているし、目も大きくて鼻はしゅっとしていて、整った顔立ちだ。
顔だけではなく声も透き通っている水のような、耳にすっと入ってくる素敵な声。
何より部長が纏っている雰囲気が綺麗だった。本を読んでいる時の姿勢が美しいのはもちろん、たたずまいも歩いている所も、1つ1つの動作に品があった。
「本、読まないの?」
「よ、読みますよ!」
慌ててカバンから本を取り出す。今朝読もうと思って読めなかった本だ。
「それって、
「そうです! 楽しみすぎて発売日に買いに走ったんですけど中々読めてなくて」
黒霧 ショウ先生は今一番売れていると言っても過言ではない、超人気作家さんだ。
「先生がライトノベル書くって意外よね。硬い文章を書くイメージしかなかったから」
「私もそう思います! あ、でもショウ先生のデビュー作は児童書でしたし、似ている所はありそうですね」
「先生のデビュー作って児童書だったの?」
部長がメガネをくいっと上げた。
「そうですよ。私はそれでショウ先生を知って大好きになったので」
「へぇ、初めて知ったわ。あなたって先生の大ファンなのね」
「はい! 良ければ次の部活で持ってきましょうか? お貸ししますよ」
「良いの? ありがとう。楽しみにしているわ」
メガネがキラリと輝いた気がした。
「はい! ショウ先生の話はたくさんの方に読んでいただきたいので!」
ショウ先生の本を初めて読んだ時のわくわくを、今でも覚えている。
新作は、どんな世界に連れて行ってくれるのだろうか。
——————————
「キーンコーンカーンコーン」
部長と本に没頭して、2時間が過ぎていた。
「あら、あと30分で下校時間ね」
「そうですね、たくさん読めたので満足です」
「私もよ」
お互い、本を机に置いた。
「先生の新作はどう?」
「面白いです!! 文章も今までの作品のような硬さを少し残しつつ、テンポも良くて設定も難しくないくらいに凝ってます!」
「そうなの。私も今読んでいるのが終わったら読むわ」
「ぜひ!!」
「……そういえば、黒霧先生ってコンジュラーだそうね」
「え? そうなんですか?」
ショウ先生の小説ばかり追って、どんな人かなんて気にしたことがなかったな。
「えぇ。コンジュラーってことしかわかっていないのだけど」
「そうなんですね……。確かに聖人になったら、怒りとか憎しみは忘れちゃいますもんね」
「そうね」
自分の怒りや憎しみ、嫉妬とか負の感情は悪魔になって体からでてきて、それを封印するわけだから、聖人になったら面白い小説なんて書けないな。
登場人物の喜びや怒り、時には憎しみも、面白い小説には欠かせないから。
「というか先生の大ファンなのに、先生がコンジュラーだってこと知らなかったのね」
「そうですね、ショウ先生の小説にしか興味がなかったので……」
「へぇ。そういう人もいるのね。私は好きな作家は作品だけじゃなくてプライベートも知りたい人だから」
今日からショウ先生自身のことも気にしてみよう。
「リリスちゃんはさ、そんなに小説好きだったら自分で書こうと思わないの?」
部長の大きい目がじっと私を見つめた。
「……書こうという思考回路になったことがないです」
そりゃ、ショウ先生が書く小説みたいに、わくわくドキドキするものを自分でも書けたらどんなに楽しいだろうとは思ったことがあるけれど。
「私は最近になって、聖人になる前に少しでもチャレンジすべきだったと思ってるわ」
「聖人になったらね、今まで通り本を読めるんだけど、前より面白くないのよ。登場人物の気持ちはわかるんだけど、共感できないの」
部長は自分が読んでいる本に視線を落とした。
胸元の小瓶にはどろりと黒い液体が溜まっている。
「部長の言う通りですね。聖人になるまであと一週間もないですが、チャレンジするだけしようと思います」
「ええ、後悔のないようにね」
そう言って部長は笑った。
聖人するまで空いている時間は全部小説を書くことに費やし——誕生日当日の夜を迎えても、まだ私は小説を書いている。
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