第二話 ありふれた日常

 私——天野あまの リリスは、わくわくとドキドキで胸を弾ませながら中学校から家に帰っていた。


「お母さん、ただいまっ」


「おかえりなさい、リリス」


 勢いよくドアを開けて帰ると、甘くて香ばしい良い匂いが漂っていた。


 くんくん……このほんのりビターなチョコと、ナッツの香ばしい香りは私の大好きなアーモンドココアクッキーだな?


「お母さん、もしかしてクッキー焼いたの?」


 玄関からお母さんに呼びかける。するとリビングからすらっとしたブロンドヘアの女性が——お母さんが、顔を覗かせた。


「えぇ、そうよ。ちょうど焼き上がった所なの。おやつにしましょう」


「やったー! 手洗ってくる!」


 早く帰ってきて良かった。重たいカバンを放り投げ、急いで洗面所に向かう。


「リリス、あれ、届いてるわよ」


「ほ、本当に!? やっと届いたの!? 嬉しい!」


 クッキーを焼いてくれたことが嬉しすぎて、何のために早く帰ってきたかを忘れてしまっていた。危ない危ない。


 大好きなクッキーもあるし、アレは届くし、今日はなんて良い日なんだろう。


 手も洗ったしリビングに向かおうとするとガチャリ、と玄関が開いた。


「ただいま。お、いい匂いがするな」


 ブロンドヘアの、お母さんより背の高いのっぽの男性——お父さんが帰ってきた。いつも仕事が忙しくて、こんな夕方に帰ってきたことなんて一度もないのに。


「あれ? お父さん、お仕事もう終わったの?」


「久しぶりに家族とゆっくりしたくて、早く切り上げてきたんだ」


「そうなんだ。お母さんがクッキー焼いてくれたから、一緒に食べよう!」


「わかった、わかった。そんなに腕を引っ張るなよ」


 久しぶりに家族でゆっくり過ごせるなんて、今日はとっても良い日だな。



——————————


 テーブルには、ほわほわと湯気を立てているホットミルクと焼き立てのクッキーが並んでいた。クッキーだけでも美味しいけど、美味しい飲み物とセットだともっと美味しくなるよね。


「では、美味しいものを食べられることをミカ様に感謝して」


「「「いただきます」」」


 ミカ様——大昔、争いばかりだった地球に降り立って平和な世界を創り上げた神様。人間が聖人せいじんになるようにしてくださったのもミカ様なんだとか。


 クッキーを口に入れる。もぐもぐ……ん〜このハードな食感、甘すぎないココアの味にアクセントになるサクサクのアーモンド……美味しい!!


「はぁ〜美味しい〜。お母さんのクッキー大好き!」


「ありがとう。そうやって喜んでもらえて、作った甲斐があるわ」


 ホットミルクを飲みながら美味しいクッキーを半分程堪能した後、私はアレを開けることにした。


「誕生日までまだ一週間ぐらいあるけど、待ちきれないからアレ開けちゃうね!」


「ふふ。リリスはせっかちさんね」


 私宛に国から届いたノートサイズの段ボール箱。そこには、ネックレスになるチェーンがついた小瓶と、小瓶に入るサイズのガラス玉が入っていた。


 ガラス玉を手に取ってみると、光を反射してキラキラと輝いている。


「綺麗……。これでやっと私も聖人せいじんになれるんだ……嬉しい」


 ミカ様が平和にしてくださったこの世界では、13歳になると自分の悪魔が生まれて聖人になる。そのために必要な物は、誕生日の一週間ほど前に送られてくるんだ。


「リリスももう聖人なんて、この13年あっという間だったな」


 お父さんもお母さんもしみじみしてる。なんだかちょっぴり寂しそうだった。


「リリス。そのことで話があるんだが……」


「え? 何……?」


 全く検討もつかない。聖人に関することって? 


「どうか落ち着いて、聞いてほしい」


 空気がピンとなったのがわかった。お父さんはこの話をするために早く帰ってきたんだ。それ程のことって……? お母さんも不安げな顔をしているし、良くない話であることは間違いなさそう。聖人になるのは13歳の誕生日……まさか私はお母さんとお父さんの子どもじゃないとか? 2人とももう50代半ばだからだいぶ遅くにできた娘なんだなと思って——


「リリスは、私達とは血が繋がってないんだ」


 ——その、まさかだった。

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