第八話 ホットミルク

「タクミっ!」


 気づけば教室を飛び出してタクミのクラスまで来ていた。


 自分が思っているより大きな声が出てしまって、クラスにいる皆が私を見る。


 タクミは友達と仲良く話していたようだけど、私の顔を見たらすぐにこっちに来てくれた。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


「え、えっと、そう、じゃないけど、そう、かも?」


 なんて説明したら良いんだろう。


 何から説明したら良いんだろう。


「とりあえず、家に帰りながらどこかで話そう。ここだと落ち着かないだろ」


「う、うん……」


 タクミは帰る準備をして、すぐにクラスからでてきてくれた。


 タクミが幼なじみで、良かった。



——————————



 私達は家に向かって歩き、山の途中にある公園で話すことにした。


「それで、何があった?」


「…………」


 どうしよう。


 お父さんとお母さんのことは言わない方が良いよね。


「実は……その……聖人のことで……」


 まだガラス玉は真っ白いまま。


 小瓶をぎゅっと握る。


「……お父さんとお母さんから、わ、私が生まれたのは、お昼頃だって聞いてたんだけど、まだ、聖人になってなくて……」


「そ、それで、もしかしたら私も悪魔使いコンジュラーだったんじゃないかなって……」


 聖人しないなんてそんなことあるか、なんてバカにされたらどうしよう。


「それ、見せてくれる?」


 タクミはそっと私の手から小瓶を取った。


「リリスは、コンジュラーじゃないと思う。俺がコンジュラーになった時は、ガラス玉は小瓶の中で割れてたから」


「そう、なんだ……」


 じゃあなんで、私は悪魔が生まれていないんだろう。


「聖人になれない、なんてことは聞いたことがない。俺じゃわからないから、一旦家に帰ってお母さんに話してみた方が良いんじゃないか?」


「うん……」


 ただでさえ自分達の娘じゃないのに、聖人にならない人間なんて知られたら、気持ち悪くて捨てられないだろうか。


「一人が不安なら俺も一緒にいる」


「うん……」


 手が、足が、震える。


 タクミが一緒についてきてくれたら有り難い。だけど血の繋がっていないことを知られたら、気まずくならないだろうか。


「……一回、一人で話してみる。もし、話せそうに、なかったら、手伝ってほしい」


「わかった」


 タクミが私の手を握ってくれた。


 私より少し大きい手。


 温かくて、涙が零れた。



——————————



 泣いてしまった私を落ち着くまで慰めてくれた。


 だいぶ暗くなってしまったので、早足で家に向かう。


 家に帰るまで、タクミと何を話したかはあまり覚えていない。


「じゃあ、帰るね」


「おう」


 また明日、と家に帰ろうとしたら呼び止められた。


「リリス——何があっても俺は、お前の味方だから」


「うん、ありがとう」


 気を抜けばまた泣いてしまいそうだったので、急いで家に入った。


「ただいま」


 上手く声がでない。


「おかえりなさい、遅かったわ、ね?」


 私の顔を見たお母さんは急いで駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。


 温かくて、落ち着く匂いがした。


「手を洗ってきて。ホットミルクを入れるわ」


「ありがとう」


 私は洗面所で手を洗って、リビングへと向かう。


 椅子に座って待っていると、すぐにホットミルクを運んでくれた。


「話は後で良いから、ホットミルクでも飲んで」


「ありがとう……」


 お母さんとホットミルクを飲む。


 ……緊張を、少し溶かしてくれた気がした。


「言えることだけで良いから、お母さんに教えてくれる?」


「うん……」


 お母さんは、急かすこともなく、ただ私を見つめていてくれた。


 聖人になれなかった、なんて口にしたくない。


 長い沈黙の後、どうしたら良いかわからなくなった私は、ネックレスを外す。


「これ……」


 手に持っている小瓶の中には、未だ真っ白なガラス玉が入っている。


 お母さんはじっと小瓶を見つめると、ホットミルクを一口飲んだ。


「コンジュラーだったけど、悪魔がどこかに行ってしまったとかではないのよね?」


「私もそう思って、タクミに聞いたんだけど、コンジュラーだったらガラス玉は割れるんだって……」


「そうなの……」


「体のどこかが痛かったり、気持ち悪かったりしない?」


「それは、ないよ」


 だから余計に怖いんだ。


「お父さんに連絡してみるわ。……お母さんも初めてのことだから、騎士団に行った方が良いかもしれないわね」


「うん……」


「大丈夫、何であろうと、リリスはお父さんとお母さんの大切な娘よ」


 少し、声が震えている気がした。


 お母さんは私をもう一度抱きしめて、お父さんに連絡しに行った。

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