第16話 戦いが明けて / 重なる誤解
「あの……ありがとうございます、カンザキさん」
「いえ、こちらこそ共闘ありがとうございました、メイラさん。おかげさまで何とか窮地を切り抜けられました」
闘いを一つ乗り越えて、俺たちは軽く自己紹介をしあった。
彼女の本名はメイラというらしかった。苗字は訳ありで教えてもらえなかったが、本名に引っかけて《メンヘラアイドル★めめめん》と名乗っているらしい。
となると苗字にも"め"が付いているのだろうか。これでもし五大財閥の華族【
ワイヤーの括り罠は二人がかりで何とか外せた。色々気まずかったが、もう恥も外聞もない。
向こう岸に荷物も着替えも全部おいてあるということなので、骸骨に周囲を警護してもらいながら一緒に渡る。
ソロ探索者あるあるなのだが、こういう時、荷物は木の幹を軽く掘ってそこに隠すことが多い。木の蔓があったらそれで持ち手を括ったりする。野生の魔物に持ち帰られたら困るからだ。
案の定、メイラも木の蔓を上手く使って背嚢を括っていた。
「あの……では、着替えますので……」
「あ、じゃあ背中合わせで双方向見張り合いましょうか」
俺はしくじったなと思った。
服を持ってくればよかった。これで俺だけ全裸である。ちょっと恥ずかしい。だがもう、何もかもを見られてしまったので、今更隠すのも変な気分である。
(それより、俺も秘密を見られてしまったんだよな)
溜息が出る。
これで俺たちは、お互いに大きな秘密を握り合ったことになった。
――俺は、死霊系の魔物を使役できるという能力を。
――彼女は、
非常にまずい状況になった、と俺は思った。
流石にメイラが、俺の秘密を他の人に暴露するとは思わないのだが、それでも互いに暴露されたら詰んでしまう厄物の情報持ちであることに違いはない。
「き、着替え終わりましたー……」
「あ、じゃあ向こうに行きましょうか。インスタントコーヒーの粉末を持っているので、一緒に飲みましょう」
ケンタウロス型スケルトンの背中に乗る。最初は慣れてないと難しいのではと思ったが、どうも「乗馬は少しやったことがあるので」と予想外の回答が返ってきた。物凄いお嬢様なのだろうか。
俺は、骨張ったケンタウロス型スケルトンにまたがるとものすごく痛いので、いわゆるお嬢様乗りというか、横乗りすることにした。
――気まずい沈黙。
「……その、俺の秘密、メイラさんをびっくりさせてしまったかも知れません」
「あ、ああ! あ、えっと、その、こういうの見たことなくて、はい……」
(こういうの……?)
わたわたと返事が慌ただしかった。考え事をしていたらしい。向こうももしかしたら、何か思うところがあったのだろう。
俺の秘密。死霊を使役できるという事実。
変な勘繰りをすると、もしやカンザキ・ネクロは魔物の味方なのではないか――と思われかねない情報である。全くもってそんなことはないのだが、無実を証明するのは難しい。『魔物を操れるけど魔物の味方じゃありません』なんて、どうやって証明すればよいのだろうか。
ざぶざぶと水面で何かを引き摺る音が、やけに大きく聞こえた。
討ち取ったワーウルフたちは他のケンタウロス型スケルトンに持ち運んでもらっている。そのまま引き上げると結構な重量なので、こうやって川をそのまま引き摺ってもらっていた。素材は痛むが、やむかたなしである。今ここにいる従魔は四体だけなのだ。
会話が少し途切れてしまったので、俺は念押しをすることにした。
「メイラさん。お互い今日のことは誰にも口外しない……ということでいいですか」
「……。もろ、いえ、もちろんですね、はい、そのぉ……」
顔を真っ赤にした彼女は、考えが上手くまとまっていないのか、滑舌も怪しい有様で返事をしていた。視線をちらちらと感じる。
またしくじった、と俺は思った。これはうっかりなのだが、横向きに載る方向を間違えてしまって、俺は彼女に正対していた。でも乗り直すのも変な話なので、もう俺は気にしないことにした。
「多分、俺もメイラさんと同じことを考えていると思います」
「!? あ、あの……」
「無理やり口を塞ぐようなことはしたくないです、実を言うとめめめんのファンだったので、メイラさんとは仲良くしたいだけですね」
「……! あ、えっと、仲良くって……つまり」
探るような訊き方。訂正したほうがいいかもしれない。
確かに今のいい方はまずかった。俺はただの一介のファンでしかない。これにかこつけて、めめめんと距離を詰めようなんて思い上がり過ぎた。
「あ、違います! 仲良くしたいというのは物の喩えで、ほら、今は誰もいないですけど、この後のことを考えたら、他の人に知られてしまったら困るわけじゃないですか!」
「仲良くしたい……物の喩え……あ、はい、そ、そうですね!?」
目を回している気がするが、ちゃんと伝わっているだろうか。
「で、で、でも、その、私、
「はい。俺は変わらずめめめんのことが好きですし、メイラさんのことを守るつもりです」
「あ、あ、あの、えっと……わーい、で、いいですかね……?」
(……わーい?)
ちゃんと伝わっているかどんどん自信がなくなってきたが、会話は成立している。
「そ、その、同じことを考えてる……て、私、でも、その、まずは友達……で、いいですか」
「? 大丈夫です」
「わ、私、その……
「? あー、でも俺に勝手に襲い掛かったりはしないで自制できますよね?」
「! も、もちろんです! 合意が大事です! 私、その、こんな風に全部打ち明けられる人がいなかったので、ずっと苦しくて……その、逆に迫られちゃうのも初めてで……」
(合意……? 秘密を守るってことか?)
さっさと話を変えたほうがいいかもしれないと思った俺は、何とか話題をひねり出そうとした。
「話は変わりますけど、テントがあるので一緒に寝ますか? 周囲は俺の従魔に見張らせるので安全ですし」
「!? 変わってませんよね!?」
「……? ああ、なるほど?」
流石に
「あー……じゃあ、縄があるので縛ります。思い切り。それならお互いに安全だと思います」
「――――――――」
息を呑む音が聞こえた。
顔はもう煮えているように真っ赤になっている。果たしてちゃんと伝わっているだろうか。
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