第2話 一夜明けて
11月20日(土)
AM6:00
パート先の上司と同僚にメールを入れる。急に出勤できなくなり、ご迷惑をおかけした事へのお詫びと、恐らく、どんな状況になっても、もう出勤は無理だと思うので、退職させて頂きたい旨を伝えた。
その後、朝ご飯の支度をする。朝食の時夫に、
「今日、ハルの学校と病院に行こうと思っているんだけど、一緒に行く?」
と聞くと、夫は、
「行かない」
と言った。
病院には、9月に近所の内科で行って頂いた精密検査の結果と、4月に学校で実施された健康診断の結果のコピーを届けようと思っていた。HCUの医師に求められた訳ではないんだけれど、もしかして、原因を探る手がかりになるかも知れないし、ハルに一目でも会えるかも知れないと、淡い期待を持っていた。
8時頃、学校に電話をし、学校で預かって下さっているハルの携帯電話や私物を取りに行きたい旨をお伝えする。ハルの大事な携帯。目が覚めた時、充電されてなかったらガッカリするだろうから。昨日の、体育の先生が対応して下さり、午前中に伺いますと伝えた。
AM8:30
家を出る。なるべく、知人に会わない道を選んで行く。今は、ちょっと人に会うのが辛いので。
暫くは、本を読む気持ちにはならないだろうと思って、図書館で借りていた本を返却しながら、駅に向かう。
電車に乗って、ハルが利用していた通学路を歩いて学校に向かう。途中、何度も涙が出た。ハルが、通学していた道なんだ、友達と会話をしながら楽しく通っていたんだろうな、などと思って。
学校の校舎に入る前に、ハルが倒れたグランドを見る。あの辺りで倒れたのかな。広いグランドだ。先生は、反対側にいたと言う。目の前で倒れていたら、結果が違っていたのかも知れない。ハルが倒れた時、クラスメイトの皆さんが、走って、養護の先生を呼びに行ったり、他の先生に知らせたりしてくれたらしい。その光景を想像して、また泣いた。
校舎に着くと、体育の先生が出てきて下さり、まず謝罪された。私も、夫も、学校がして下さった対応に、感謝している。不満がないかと言われると、はっきり「ない」とは言えないけれど、お友達も、先生も、ベストを尽くして下さったと思うので、その気持ちを伝える。
その後、ハルの携帯や、まだ学校に残っていた私物(ジャージ上下、水筒)を受け取る。そして、昨日、体育の先生と担任が、病院から学校に戻り、ハルが倒れた時に近くにいた生徒さん達に、状況を再確認して下さったらしく、その報告をしてくれた。
その内容
体育の授業中で、トラック五周の持久走をしていた。ハルは、友達4人くらいで、固まって、話しながら走っていたらしい(本格的ではなく、軽いUPの持久走だった様だ)。その3か4周目あたりで、ハルが急に四つん這いになった。友達が「大丈夫か?」と聞くと「うん」と言って立ち上がり、3.4歩歩いてから、また倒れ、意識不明となった。(PM2:11)。友達が先生を呼んで、先生が駆け寄り、意識を確認し、友達が、養護の先生を呼びに行き、養護の先生がAEDを当てた。一回目のAEDで「電気ショックを与えて下さい」と言う指示が出て、さらに二回目もショックを与える様に指示が出た。その後、体育の先生と、養護の先生で、心臓マッサージと人工呼吸を続け、2:37分に、救急車が到着し、救急隊が心臓マッサージをした。
話を聞き、皆さんで、出来る限りの事をして下さったんだなあと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
その後、校長先生がこられて、お見舞いの言葉を頂いた。
学校を後にして、また、来た道を歩く。体育の先生の話を思い出し、涙が出た。何で、ハルの心臓が止まってしまったのか。予兆があったかも知れないのに、見逃していた自分が情けない。
人前でも、電車の中でも、もう、泣くのは平気。歩きながら、ハルに話しかけたり、電車が走る騒音の中、大きな声で「ハル!」と叫んだりしている私。おかしい人と思われているかも知れないけれど、それも平気。そうでもしないと、気が狂いそうだ。
学校の最寄り駅から、バスに乗って、病院に向かう。今日の駅周辺は、賑やかだ。土曜日で、コロナの感染者数も減ってきたので、皆、ちょっと浮かれている様だ。
病院に着くと、今日は、外来がお休みらしく、閑散としていた。コロナの関係で、基本的にはお見舞いは禁止。入院患者さんの衣類や差し入れは、病院スタッフに渡すというルールらしく、警備の人と、救急外来の人くらいしかいない。
受付で、「HCUにいるんですが、検査の結果のコピーを持って来ました」と言うと、内線で確認してくれて「看護師が降りてきますから、そこの椅子でお待ち下さい」と言われた。やっぱり、中には入れないんだなあ。
椅子に座って待っていると、看護師さんが来てくれたので、コピーを渡す。看護師さんは、内容を確認して、受け取ってくれた。状況をお聞きすると「変わらない」との事。私の「会いたい」オーラを察知されたのか、「連絡がくるまで、自宅で待機していて下さい」と言われた。
すごすごと撤退して、バスが来るまでの40分くらいの間、ハルがいると思う建物を見ながら、ハルに話しかけたり(小声で)、祈ったり、泣いたりしていた。
駅に着くと、駅前広場で、健康フェスをしていた。ハルの学校の生徒も、チラホラいた。元気に学校へ通っていたら、ハルも、ここに寄り道をして、楽しい時間を過ごしていたんだろうなあと思い、じんわりと涙が出てきた。
そして、改札口に向かうと、何故か人だかり。列車事故で、運休中になっていた。急がないから、いいや。早く帰っても、する事もないし、ハルのモノがある家の中にいても、悲しくなるだけだし、と思う。
朝から、パンを二口しか食べていなかったので、おにぎりを一つ買って、健康フェスの会場のフリースペースで食べる。食欲がなくて、身体の為だけに食べる食べ物は、堅い異物を胃に放り込む様で、苦しい。
その後、電車が動きだしたので、乗って、帰宅する。
夫は、自室で、ネット検索していた。ハルの事を思って、いろいろと調べているんだろう。私は、怖くて、そんな事できない。普段の私だったら、気になる事は直ぐに検索して調べるのに、今回ばかりは、できなかった。答えを知るのが怖い時って、こうなるんだな、と思った。
それから、どん底の時って、テレビを見たい気持ちにならないものなんだな、と知った。私の録画予約を全部削除し、今まで録画していたモノも削除する。ハルのだけは、とっておく。ドラえもんと、コナンと、世界の果てまでイッテQ。戻って来た時に、見れるように。
夫に、
「明日、仕事?」
と聞くと、
「火曜日まで休みをとっている」
と言うので
「じゃあ、夜、道が空いた頃、病院に行かない? 少しでも、ハルの側にいたいから」
と誘ってみる。
「良いよ。何時くらい?」
と言われたので
「11時」
と答えた。
PM5:30
夕食の準備をする。食欲もないし、作る気もおこらないので、冷蔵庫に入っている細々した残り物と、レトルトカレー。何かを食べようとすると「ハル、お腹減っているよね」と思ってしまい、喉を通らなかった。
その後、お風呂に入って、仮眠をする。
PM11:00
夫と一緒に、車で病院へ向かう。久しぶりに車の運転をする夫(普段は、バイク)。怖いし、道を知らないので、助手席で感傷的になっていられない。心の中で、ハルに話しかける。「お父さんの運転、怖いわ」「スピード出しすぎだし」と。ハルがその言葉に、ニコニコ笑っている様子が浮かぶ。
車の中からハルにラインする。見るはずないけど。
『ハル、今から行くよ。会いたいよ』
12時に到着。病院の近くの駐車場に車を止めて、病院の近くをうろつく。人の気配はあまりない。警備の人も立っていない。でも、監視カメラはあるだろうから、不審者と思われないように、少し離れた所に移動する。夫が、グーグルマップで、HCUの位置を探し「たぶん、あの建物あたりだよ」と教えてくれたので、そこに向けて、祈ったり、話しかけたりした。
40分ほど、そうしていた。こうしている間に、ハルの意識が戻って、呼び出しがあれば良いのに、と思うが、そういう奇跡は起こらなかった。
辛いけど、一番辛いのはハルだ。一番頑張っているのも、ハルだ。もっと気持ちを強く持とう、と思う。
帰りも道は空いていて、30分もかからずに帰宅できた。
AM1:30
眠れないので、眠たくなるまで、パソコンの前に座る。今は、気持ちを文字にする事が、一番、気が紛れる。
どうしても「何故ハルなの?」と思ってしまう。普段から「大抵の事は、見えない何かで繋がっている。自分の、行動、思想、態度、発言が、すべてを表し結果となる」と思っている私。今回の事も、そういう結果だったのだろうか? 知らないうちに、自分が招いた事なのでは? と。
ハルが一人っ子という事もあり、私の目も気持も、常にハルに向いていた。小さい頃は、私から離れられない子だった。けれども、成長と共に、友達との世界を楽しむ様になっていき、友達との時間や、楽しい事の方に気持ちが行く様になっていったハル。当たり前の、喜ばしい事なんだけれど。でも「ああ、小さい時の方が、素直に言う事を聞いて、可愛かったなあ。あの頃のハルに、また会いたいなあ」なんて思う時もあり、そういう願望が、今回の心肺停止に繋がってしまったんじゃないか? 無意識のうちに、そういうふうに仕向けていたのではないだろうか? と。
いつも、ハルの事が気になり、見える範囲にいて欲しいと思っていた。人にケガをさせない様に、社会のルールを守れる人になる様に、一人でも生きていける知恵と工夫を備えて欲しい、勉強や運動は一番になれとは思わないけれど、持っている可能性は出し切って欲しいとか、いろいろと口うるさい親だったと思う。それなのに、ハルは、持ち前の明るさと、素直さで、ニコニコしていた。時々は、反抗や、口答え、嫌みも言っていたけれど。でも、私達は、喧嘩をしても、すぐに普通の会話に戻れたし、お互い、気持ちをぶちまけられる存在でもあったと思う。
ハルの一番の強みは、友達がたくさんいる事。誰とでも、分け隔てなく接する事ができる事だ。だから、友達には恵まれていた。今回、助けてくれたクラスメイト達も、目の前で、友達が倒れて、心臓マッサージをされている光景を見て、怖かったと思う。でも、ハルの為に、勇気を出して最善を尽くしてくれたんだろう。その事を思うと、また、感謝の気持ちで胸が熱くなる。
AM3:00
ハルのパジャマを着て、ハルのベッドで就寝。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます