第6話 これで終わりじゃない

11月24日(水)

AM6:00

 ハルにライン

『ハル、おはよー。今日は、外は晴天。でも、風が冷たいよ。今朝はどんな感じですか?病院のスタッフの方々の言う事を聞いて、ゆっくり元気になってね』

 

 昨夜、学校の教職員の方々と、クラスの方々に、報告とお礼の言葉を書いた手紙を、学校にFAXする。担任が、クラスの皆さんに見せて下さると良いナ、と思いながら。

 

 今日から夫は、出勤。いつも通り、仕事に向かった。

 私は、日頃から行っている近所の小学校の見守りボランティアに行く。一緒に、見守りボランティアをしていて、今回の事を知っていて、ずっと心を支えてくれていた友人に合い、ハグした。友人は、涙を流してくれていた。

 見守りボランティアから戻り、職場の上司にも、ハルの意識が戻った事を、メールで報告をする。

 その後、ハルがお世話になった消防署に電話をして、回復した事を伝え、お礼を伝えた。

 悪夢が終わり、全てが順調に流れていると思っていた。でも、これで終わりではなかった。


AM11:20

病院の、循環器内科の主治医から電話。

《内容》

 今日から、準安定室に移動した。今後の治療は、検討中だが、WPW症候群という事もあり、不整脈のカテーテルアブレーション治療や、体内に埋め込む除細動器を検討している。「大学病院に転院する事は、可能ですか?」と聞かれたので、「はい。本人にとって、一番良い方法でお願いします」と言う。明日、大学病院で、会議があるので、ハルの事を検討してもらう予定との事。

 ハルさんは、昨夜から、数回、嘔吐している。と言っても、胃の中は空っぽだから、胃液の様なモノですが。治療中に使った、鎮静薬や投薬(麻薬の様な薬らしい)の影響も考えられる。今は、安定剤で、意識がもうろうとしている。金曜日に、今後の治療の事で話がしたいのですが、こちらにこられますか? と聞かれたので「はい」と答えた。


 電話を切ってから、また、不安な気持ちになる。そうだよな、これで、終わりじゃないし、まだ、健康ではないんだ。原因が排除されなければ、また不整脈が起こって心肺停止になる可能性はある。いつ様態が悪化してもおかしくない状態なんだ。主治医は、「WPW症候群という事もあって」と言っていたけれど、コレが原因だったのか? とにかく、浮かれている場合じゃないぞ、自分。

 夫に、ラインで、主治医からの電話内容を報告する。


PM12:00

 お腹が空いてきた。久しぶりの空腹感。ハルの大好きな、サッポロ一番味噌ラーメンを作って食べた。


PM2:30

 妹が、お赤飯とおかずと、干物を持って来てくれた。3時頃まで、お喋りする。妹も、いっぱい心配してくれていた。そして、実家の母の暴走(ハルの所に会いに行きたいと言ったり、嘆いたり)を止める為、いろいろと心労が溜まっていた様だった。


PM3:00

 妹が帰った後、近所の神社にお礼詣に行く。

 ここは、ひっそりとしていて、落ち着く神社だ。地域の子供達をお守りして下さる神社と聞いた事がある。私は、今回の事では、どこにもお詣に行けず、家の中でいろいろな神様や、ご先祖様にお祈りしていた。でも、ここには、友人達が、ハルの為に通ってくれたらしい。まだ、ハルの様態は不安定だし、検査や手術があるだろうから、これからは、頻繁にお詣に来よう。

 帰り道、視界がぼやけて、クラクラした。貧血かな。数日間、きちんとした食事を摂らなかったからかな。


PM4:15

 携帯がなった。病院からだ。ドキっとする。HCUでお世話になった看護師さんからだった。部屋が移動した事、主治医が、HCUの医師から循環器内科の医師に変わった事の報告だったので、安堵する。

 ハルの、今の状況をお聞きした。安定剤の影響で、まどろんだ状態らしいが、手や足を動かしたり、まだはっきりと声は出ないけれど、反応には答える事が出来ている、との事。  

 スマホの操作も、少しずつ思い出して、出来る様になっているらしいが、ラインのパスワードが思い出せないらしい。

 午前中、主治医から報告された「吐いた」が、とても心配だったので、様子を聞く。アセトン血性嘔吐症になりやすい事を言ったら、入院時に問診されたハルの持病の欄に書いていないと言われた。ああ、書かなかったかも知れない。なので、2才くらいから小学校6年生くらいまで、時々、症状が出た事。なった時の状態等を説明した。「わかりました。それも、気を付けておきます。次の者にも引き継いでおきます」と言って下さった。

 ああ、早く、元気になって欲しいなあ。お腹、空いているだろうなあ。痩せないで欲しいなあ、と思った。


 今回の事で、AEDや、心臓マッサージが、本当に人の命を救うと言う事を実感した。大抵の人は、目の前で誰かが倒れていても、何をして良いのか解らないし、「心臓マッサージ、やっていいの?」と躊躇ってしまうだろう。私も、何度かAED講習を受けた事があるが、実際に現場に遭遇した事はないし、もう、やり方を忘れている気がする。ハルの手術や経過が落ち着いたら、AED講習を受けに行こうと思う。


PM8:00

 循環器内科の主治医から言われた、不整脈のカテーテルアブレーション治療や、体内に埋め込む除細動器について調べる。金曜日にお話を聞きに行くので、少しでも、専門用語になれておこうと思って。

 そしたら、心肺停止が何故起ったのかと言う疑問に、当てはまりそうな記事があり、ショックだった。頻繁に起きていた「立ちくらみ」は、不整脈のサインだったのかも知れない。9月に近所の病院でしてもらった精密検査の時、心電図はとらなかった。あそこで、心電図もとってもらっていたら、防げたのだろうか。WPW症候群の定期検診を卒業しなければ、何か異常が解ったのかも知れない。

ハルは、不整脈や動悸や息切れなど、自分の心臓の動きがおかしいな? と気付いた事はあったんだろうか? そもそも、10代の子供に、自分の心臓の動きの異常がわかるのだろうか?

 もう、これは、完全に私のせいだ。かなり、落ち込んだ。

 でも、待てよ。6月に行った、学校の健康診断の心電図検査は、正常ってなっていたなあ。本当に正常だったのだろうか?


11月25日(木)

PM5:30

 ハルにライン。

『ハル、おはよう。具合はどうですか? 昨日は吐かなかった? 今日は、昨日より元気になると良いね』


 ハルが倒れてから、ハルに送っていたラインは、まだ既読になっていない。

 今まで、「スマホなんて、豪華な遊び道具で、子供には不要。スマホ中毒になって、目も耳も頭も悪くなる」と思って、こんなに親が制御できない物を開発した企業を憎んでいた。ハルとの喧嘩の原因の50%は、スマホの事だったけれど、今では、このスマホが、一番の頼りだ。私自身が、片時も手放せなくなっている。

ラインが既読になったら、記憶が戻って来た証拠だろう。早く、既読にならないかなあ。


PM9:00

 学校に電話をして、健康診断の心電図の波形が解る物を郵送して欲しいとお願いする。養護の先生が対応して下さり「もう、取り寄せしていて、今日辺り届くので、届いたら郵送します」との事。ん? 何故、学校が? 学校でも、気になったのだろうか?


 今日は、病院から、明日の面談の事で連絡が来る予定なので、午前中に外回りの用事を済ませておこうと思い、出かける。

 図書館で、予約していた本を受け取る。「脳低温療法 片岡喜由著」「脳治療革命の朝 柳田国男著」。

 その後、コンタクトのアイシティーで、ハルのコンタクト定期便を途中解約できるか確認する。すると、コンタクトレンズは消費期限が長いので、しばらく使わなくても、そのまま保管しておけば大丈夫との事。そして、度も変更できるとの事だったので、そのままにしておく事にする。

こんな時、ハルの未来に関する事を解約や、停止にする事を躊躇ってしまう。「縁起が悪い」という観点から。こういう所、日本人的な考えなのかも知れない。スポーツクラブは、どうしよう。暫くは行けないだろうし、行って欲しくないから、一旦、退会しようかなあ。月に約七千円。そのお金、ハルの他の事に使った方が良いのでは? これからきっと、いろいろな出費があるだろうから、と考えながら帰途につく。

 帰宅すると同時に、電話がなった。ドキっとする。コンタクトのアイシティーからで「先ほど言い忘れた事がありまして・・・・」との事だった。ホッとした。予定外の電話の音が、怖い。


PM12:50

 ハルへのラインが、既読になっていた。ワーイ! 居場所確認アプリも、居場所を示している。これで、やっと「ハルと繋がった」という実感が持てた。スマホって、凄いわ。


PM4:00

 ハルの友達のママからラインが届いた。どうやら、友達には、返事を送っている様だ。まだ、手を固定されていて自由に動かないのか「ふに」「さら」と言った感じの返事らしいが「ハルらしいな」と思った。

 夕方まで待ったけれど、病院から電話がなかった。何時に伺ったら良いんだろう・・・・。


PM5:00

 夕食の支度をする。今夜は、天麩羅と、お蕎麦と、ほうれん草の胡麻和え。久しぶりに、料理をした。

 ハルが意識回復した事を知ってからは、お腹が空いて、食欲も出てきた。不思議だ。もうダメかも・・・・と思っていた時は、お腹は空いてゴロゴロなるんだけど、食欲はなくて、物を飲み込む事ができなかった。人の身体って、ホントに不思議だ。


PM11:00

 テレビで映画を見ていたら、ウトウトしてきたので、布団に入る。図書館で借りてきた本を数ページ読んだら、睡魔に襲われ、就寝する。

 夜中、ベッドがきしむ音で、何度も目が覚めた。寝返りする度に、ギシギシと言う。ハルは、こんなベッドで爆睡していたんだ・・・・と思った。


 夜中の3時頃、目が覚めて、眠れなかったので、また本を読む。

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