第4話 72時間経過
11月22日(月)
AM6:30
起床。朝ご飯の支度をしていたら、夫も起きてきた。
今朝の私は、おにぎりを一つ、食べた。
ハルにラインする。
『ハル君、おはよー。今朝はどんな感じ? 外は雨が降っていて、肌寒いよ。昨日、ハルがやってもらっている脳低温療法の事を調べたら、少し希望が沸いて来たよ。なので、今朝のお母さんは、泣く事もなく、ちゃんとご飯の支度も出来ました。お母さんも頑張るから、ハルも頑張ってね。早く会いたいよ』
今の私の状況を把握している友人から、ラインが来た。「ちゃんとご飯食べれてる?」と。皆が心配してくれている。「頑張って食べてます」と言う事と、ハルが今やって頂いている脳低温療法の説明と、夜中に病院までドライブしている事を簡単に書いて返信する。
今回の事は、何て言い表したら良いんだろう。病気?事故?事件?・・・・考えついた言葉は「試練」だった。
パソコンを開いて、昨日、エクセルで作った経過時間を見てみると「66、10」となっていた。時間と日にちの計算方法が難しくて、思ったモノが出来なかったけれど、倒れてから概ね66時間が経過したと言う事だ。治療を始めたのが19日の18時だとすると、脳低温療法を始めてからは、62時間経過したと言う事だ。72時間まであと10時間。その頃には、病院から連絡がくるかなあ。来て欲しい。奇跡の報告が。
今の私にとって「気が紛れる事」は、これを書く事と、脳低温療法の事をネット検索する事。この脳低温療法の記事を読んでいると、希望が出てくる。落ち込みそうな記事は見ないようにしている。
図書館から「予約している本の用意ができました」と言うメールが届いていたけれど、本を読む気力はない。けれど、脳低温療法についての書籍があったので、それを借りたいと思い、予約をいれた。希望を持てるモノなら、読めそうだ。
AM9:00
職場の上司に電話をし、今回の事でご迷惑をおかけした事を謝罪し、もう職場に戻ることは出来ないと思うので退職させて下さいと言う。手続きを進めて下さるとの事だった。
その後、雑事をする為に、外に出る。雨がぱらついていた。登録しているボランティアの事務所に行き、提出物を渡し「家族が入院したので、しばらくボランティアができない」と伝えた。
次に、自分が加入していたスポーツクラブへ行って退会の手続きをし、銀行でお金を下ろす。
ちょうど、妹から、車で私の家に向かっているとラインが来たので、待ち合わせをして、自宅まで乗せてもらう。
PM12:00
たくさん歩いたので、少しお腹が減り、食欲も出た。妹が、おにぎりや、おかず、味噌汁、サンドイッチ等をたくさん作ってきてくれたので、とうぶん食事の支度をしなくてすみそう。さっそく、おにぎりを二つ頂く。
午後は、パソコンで「脳低温療法・心肺停止・蘇生」について検索する。
PM5:10
学校の体育の先生から電話を頂く。前回の電話と同じ内容(ハルの様子と、面会は可能か? 夫と私に挨拶に伺いたい)。
「だから、私達もハルに会えていないんだよ、病院から連絡があるまで会えないんだよ、それなのに先生達が行って会えると思うの? 私達にご挨拶って、そんなに急ぐの? 今の心境を察して下さいよ」と思うが、先生も、職務でもあるし、心から、ハルの事を心配して下さっている事は、話している感じで伝わってくるので、冷静に、今のハルの状況が解らない事、誰も面会できない事、今はそっとしておいて欲しい事を伝えた。
PM5:30
妹が作ってくれた物を温めて、食べる。私は、お味噌汁だけ頂く。具だくさんで、美味しくて、身体が温まった。
食後、また、ネット検索して、その後入浴。
夫は、用事がある時以外は、ずっと自室に籠もり、ネット検索したり、ウトウトしてうなされていた。
家の中にハルがいない事が「遊びに行っていて、まだ帰ってこない」と錯覚してしまう時がある。そして、現実を思い出して、心臓がギュッと縮んだ様になる。悲しい。私の頭、ちょっとおかしくなっているな。
PM8:00
脳低温療法を始めて、約73時間経過したと思う。病院からは連絡がない。何故? 良い兆候がないのだろうか? 電話くらいくれても良いのに、と思う。治療に専念されているのは解っているけれど、つい、そんなふうに考えてしまう。治療の様子を、全て、リモートで見せてくれないかな。どんな状態でも、知っておきたい、見ておきたいと思う。
ハルが、家を留守にしたのは、小学6年生の一泊二日の修学旅行以来だ。中学の修学旅行は、コロナで中止になった。その他の楽しい行事も、殆どがコロナで中止だった。そんな事もあり、高校での修学旅行を、とても楽しみにしていた。修学旅行…行けるのだろうか。学校すら、行けないかも知れない。
ハルが、3泊も家にいない事が悲しい。修学旅行でいないのなら、私も羽を伸ばしているんだろうけど。
頑張っているハルに申し訳なくて、食事をする事を躊躇ってしまう。テレビも、見る気がしない。
何もする事がないと、自分を責める。やっぱり、スポーツクラブに行かせなきゃ良かったのかな。ハルが、スポーツクラブに通うようになったのは、高校生になってから。中学3年の水泳部引退後は、受験勉強に励んでいて、泳いでいなかった。入学した高校には水泳部がなかったので「どこでも良いから泳ぎたい」と言うハルの希望を叶える為に、近くのスポーツクラブに加入した。それで、私が「会費を払っているんだから、ちゃんと通ってよ。スマホで遊んでいる時間があるなら、泳いで来なさい! 運動をして身体を動かして来なさい!」と、口うるさく言い、学校のテスト期間以外は、週に2~4回通っていた。このスポーツクラブ通いが、心臓を酷使させてしまったんだろうか? それとも、精神的ストレスを与えてしまったんだろうか?
アレコレと、自分の事を責めながらも、一方で、ハルの不摂生な生活習慣も原因の一つではないか? と思った。夜は零時過ぎまで、スマホで動画を見たり、友達とラインで話し込んだり、ゲームをしていた。そのせいで、朝は、なかなか起きる事ができず、食欲もなく、朝ご飯は、パンを囓る程度。休日は、お昼過ぎまで寝ていた。
でも、ハルくらいの不摂生な高校生って、沢山いるよなあ。これが原因なら、たくさんの子供が、同じ状態になっているだろう。
PM9:00
ストーブの前で、ウツラウツラする。気が付くと、勝手に涙が頬を伝っていた。
PM11:30
夫と共に、ハルの所へ行く。今日も、いつもの所に車を止めて、建物を見ながら祈ったり、ハルに話しかけたりする。あの建物の中で、いろいろな病気の人が、様々な治療を受けているんだ。医療従事者の方も、懸命に治療して下さっているに違いない。
明日こそ、連絡が来て欲しい。
帰宅して、軽食をとって、また、これを入力した。眠くなるまで。
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